書籍「10年後の自分」を考える技術 ⑬
ニーズに技術が追いつけば、大きな変化が生まれる
それ以外の「順番」の話としては、「技術規格とその影響」も挙げられる。
今後、モバイル・ブロードバンド技術が進展し、ユビキタス社会(「いつでも、
どこでも、何でも、誰も」がネットワークにつながっている社会」)のインフラが
整備されれば、モノとモノが自由に通信し合うという世界が実現するだろうと
いうことは、容易に想像できる。
ニーズがすでに存在するところに技術が後押しをする構図となっているため、
このような社会に向かって進むことはある程度確実なのでは? という推論が
可能なのである。
このように、「AがBにつながった。この調子だと、つぎはCになるんじゃないか—–?」
という「つながりの先」のパターンをつかむ思考力を鍛えることが重要なのだ。
そのときに、この「順番」の発想はとても役に立つ。
成長はいつか必ず天井にぶつかる
さて、最後の3つ目のカテゴリー「制限や制約の存在から推論できるもの」とは、
どんなものにも限界があると言う意味である。
成長著しいものでも、いずれ必ず天井にぶつかって成長や勢いが止まると
言ったら、わかりやすいだろうか。
つまり、加入者数の合計で見ると、一見順調に伸びている携帯電話産業も、
月ごとの新規加入者数で見ると、少しずつその成長が見えはじめていたのだ。
それはそうだろう。「人口の壁」は一種の天井だからだ。
中国みたいに10億人以上いるのならまだ新規の契約は見込めるが、国内市場に
限って言えば、これからは人口という天井(制約)を取り払う方向でないと、
成長は続かない。
こうした天井に、携帯電話産業はどう立ち向かおうとしているのだろうか?
2006年以降、右肩は再び上昇傾向にあるが、この原動力はみなさんも
おわかりのとおり、スマホ(スマートフォン)の台頭である。
つまり、iPhoneのような革新的商品を開発するか、ガラパゴス携帯をやめて
国外市場に打って出るでもしないかぎり、買い替えの需要を維持するくらいしか
成長戦略の手がなくなってきているのだ。
今後、明らかにひとりが携帯を2台以上持つようになる理由、たとえば、
身のまわりの多くの機器がモバイル・ブロードバンドにつながるなどの
対応策がないと、国内での急激な成長はむずかしいだろう。
「すでに起こった未来は体系的に見つけることができる」
制約を意識して、早めに限界に気づくこと。
そして、天井や制約を意識しつつ、持続可能な成長を図ること—これが、
現代を生きるための処方箋なのだ。
ここまで、3つの視点で「ほぼ確実に起きる未来」がどうして推論できる
のかについて、解説してきた。
「いま起きていることに単純な未来への投影」「モノゴトの発生の順番からの
推論」「制限や制約の存在からの推論」の3つである。
「もしドラ」でふたたび注目を集めた社会科学者・経営学者のピーター・
ドラッカーは、こうした未来を「すでに起こった未来」と名づけ、「すでに
起こった未来は体系的に見つけることができる」と記している。
彼は「未来を予測しようとしても無駄だ」と喝破し、予測ではなくて
「すでに起こってしまい、もはや元に戻ることのない変化」に着目すべき
なのだと主張した。
しかも、「重大な影響力を持つことになる変化でありながら、まだ一般には
認識されていない変化」を知覚することが重要なのだ。
ドラッカーは、第二次世界大戦後に施行されたアメリカの退役軍人援護法が
「アメリカの知識社会化」の大きなきっかけとなったことを、そうした
変化の例として挙げている。
この法律は、あらゆる退役軍人に政府が大学の奨学金を与えるという、
過去に例のないものであった。
この法律と戦後の社会情勢とを組み合わせて考えてみると、ドラッカーの眼には
「人類史上初めて、知識が社会の重要な資源となっていく」ことが自明なこと
として映った。なぜなら、金持ちかそうでないかにかかわらず、また成績抜群で
あるかどうかにもかかわらず、多くの若者が大学への門戸が開かれたからだ。
彼がそれを予見したのは、「知識社会の到来」という大変革が起きていることを
誰もが知ることになる、10年近く前のことであった。
自分の未来に「確実にやってくること」は何か?
さて、いろいろと「ほぼ確実にやってくる未来」について見てきたが、
くり返すように、大事なのは自分事化して考えることだ。
今の時点でわかる、あなたの未来に「ほぼ確実にやってくること」とは、
いったいなんだろうか?
「いま起きていることの単純な未来への投影」であれば、あなたやあなたの家族が
年を取ることは確実である。
では、あなたやあなたの配偶者の親が年を取ったら、何が起きるだろうか?
ご両親ともに存命だとしても、いつになるかはわからないが、いずれどちらかが
必ず先に亡くなるのは確実だろう。
もしどちらかの親が先に亡くなったら、自分はどうするのか?
兄弟がいるとしたら、誰が面倒を見るのか?
このように、未来に確実に起きることをいま先回りして考えて、準備して
おくことは十分に可能なのだ。
この続きは、次回に。