お問い合せ

田中角栄「上司の心得」⑲

「引き出し」の数で優劣が決まる

 

さて、田中はここでの交渉に、どんな〝必殺ワザ〟で立ち向かったのか。

時の米側の交渉相手はケネディ大統領特使、コナリー財務長官、スタンズ

商務長官といった名うてのタフ・ネゴシエーター(強力な交渉役)で、一歩も

引かぬ態勢で待ち構えていた。

この交渉を取材した当時の通産省担当記者の弁である。

「田中大臣はまず、『貿易は、どの国も複数国を相手にしている。

黒字の相手もあれば、赤字の相手もある。日本は米国に対して黒字でも、

産油国に対しては赤字だ。米国だって、同じではないか。2国間で常に

バランスを取るという考え方には、無理があるということだ』と押しま

くったうえで、迫力十分、こうピシャリと言ったものだった。

『大体、日本に自由貿易ということを教えたのは米国ではなかったか。

以後、日本は自由貿易の原理原則をキチンと守り、実行している。

あなたたちの言い分は、筋が違うだろう』と。

のちに、交渉が決着したあと、交渉にタッチした通産官僚からはこんな

声が聞かれた。『田中大臣が凄かったのは、交渉にあたって完璧に通産省の

事前調査資料を頭に叩き込んでいたことが一つ。もう一つは、田中大臣の

弁舌能力の高さで、交渉中の中身の理解力、頭の回転の速さ、弁論の

切り口の見事さなど、どれを取っても当代一流だった』と」

結局、大平、宮沢両大臣のもとで足かけ3年の膠着状態を続けたこの

「日米繊維交渉」は、田中大臣のもとでわずか3カ月余で決着、妥結を

みたのだった。

田中は日米関係の今後を考えればやむを得ずとして、米側の繊維製品を

自主規制要請をのむことを約束した。その一方で、こうした約束に難色を

示す日本国内の業界を説得、大蔵省(現・財務省)から2000億円の予算を

引っ張り出し、これで業界への損失補償をやるという〝荒ワザ〟を用いて

決着に持っていったのだった。当時の一般会計予算は14兆円余であり、

例えば令和2(2020)年度のそれは100兆円超、また貨幣価値などを含めて

〝換算〟すれば、田中の国内業者への補償額2000億円は現在なら1兆円

前後となり、なんともべらぼうな〝荒ワザ〟でもあった。合わせて、

これだけの予算を引っ張り出せる田中の腕力も、またしのぼれるもので

あった。ここで見る田中の「交渉力」の極意は、一歩も引かぬ弁舌能力が

もちろん挙げられるが、他に、交渉の代償として出すべきものは出せる

だけの「引き出し」を持っているかということになる。加えるなら、

自由裁量のある「引き出し」を持つことである。

 

● 膠着

 

粘りつくこと。しっかりくっついて離れないこと。

 

 

 

 

この続きは、次回に。

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