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田中角栄「上司の心得」㉟

第3章 人材育成の奥義

 

 

・「決断の重み」を教えた衆参ダブル選挙強行例

 

人を育てる、部下を育てることは、上司として周りから敬愛を得るという

部分がないと、なかなかうまくいかない。当然、部下は上司を見て育つ

部分が大きい。誰もがなるほどと思うところは、部下は自分もああやって

みたいと思うし、逆にどうしようもないなと思えば、「他山の山

反面教師」として距離を取ってしまうということにもなる。

その意味では、上司は常に見られている、油断大敵の立場にあることを

自覚したい。

人材を育むには、一般的には上司として部下に発想のツボ、知恵を与えて

その能力にさらに磨きをかけてやる方法と、窮地に陥っている時に自らの

豊富な経験を生かし、脱出法を教えるという二つのやり方がある。

全国津々浦々強大無比の人脈を築き、前代未聞、最大141人の部下

すなわち田中派という大派閥ができた田中角栄のそうした人を育てる術は、

端的に言えばオレの行動原理率先垂範の精神などを見て学べという

ものだった。いわゆる手取り足取りで教えるということは、まずなかった。

決断力と何か、発想はどう転換したらいいのか、危機脱出など部下が

心得ておくべきことを、自らの言行の中で教えたということであった。

以下、実例を挙げて検証してみたい。

上司にとって、人を育てるうえで最も鼎(かなえ)の軽量を問われることは、

決断力の有無である。

その意味では、田中の決断力の凄さは、昭和55(1980)年夏の史上初の

衆参ダブル選挙の強行に見られた。

時に、自民党は熾烈だったその8年前の総裁選「角福戦争」以後、大平

(正芳)派など田中角栄支持派と、これに不満を持つ福田(赳夫)を中心に

中曽根(康弘)派、三木(武夫)派らの反主流派の間で、陰に陽に主導権争い

続いていた。

そのピークは、昭和54(1979)年10月から11月にかけての両陣営による

「40日間抗争」であった。自民党にとっては、昭和30(1955)年の結党以来、

初めてにして最大の分裂危機に陥ったものである。

時に、政権は田中の「盟友」大平正芳にあり、すでに金脈・女性問題で

首相の座を退き、さらにロッキード事件で逮捕という追い討ちを受けて

いた田中としては、大平政権の存続が史上命題であった。ロッキード裁判で

潔白を勝ち取り、「総理大臣の犯罪」の汚辱を晴らして復権を果たすため

には、田中にとっては友好的な政権の存続が不可欠ということだったので

ある。しかし、大平は「40日抗争」を引きずる中で打った総選挙で敗北、

反主流派から選挙敗北の責任を取れと内閣不信任決議案が提出される始末で

あった。野党ならともかく、自民党内から不信任決議案が提出されることは、

極めて異常な事態である。

結果、この不信任決議案は社会党ら野党の賛成を得て、なんと成立して

しまったのだった。大平とすれば、内閣総辞職をして退陣するか、衆院を

解散して再び総選挙で勝負をかけるかの二つの選択肢がある。

しかし、大平は弱気であった。常に反主流派に揺さぶられ、身心ともに

政権運営に疲れ切っていた。ましてや、年が明けての6月には参院の通常

選挙も待っている。「盟友」の田中には、「もう辞めたい」と総辞職を

ほのめかしていたのだった。

 

● 敬愛

 

尊敬し、親しみの心を持つこと。「敬愛の念」「敬愛する恩師」

 

● 他山の山

 

他人のつまらない行動や、自分とは直接の関係がないものごとも、

自分の行動の参考にできることのたとえ。

 

● 反面教師

 

悪い面の見本で、それを見るとそうなってはいけないと教えられる人や

事例のこと。それを見ることで、反省の材料となるような人や事例。

その言行が、そうしてはいけないという反対の面から、人を教育するのに

役立つのでいう。

 

● 油断大敵

 

注意を少しでも怠れば、思わぬ失敗を招くから、十分に気をつけるべきで

あるという戒め。▽「油断」は気をゆるめること。油断は大失敗を招くから、

どんなものより恐るべき敵として気をつけよ、という意。

 

● 窮地

 

追い詰められて逃げ場のない苦しい状態や立ち場。

「窮地に陥る」「窮地を脱する」

 

● 津々浦々

 

全国至る所。 全国のすみずみ。

 

● 強大無比

 

向かうところ敵なしの強さであること。

 

● 前代未聞

 

今まで一度も聞いたことがないような珍しいこと。

 

● 行動原理

 

行動の根源的な動機となる本能・欲求・願望・信条・価値観など。

 

● 率先垂範

 

人の先頭に立って物事を行い、模範を示すこと。

▽「率先」は先んじる、人の先頭に立つ意。

垂範」は模範を示すこと。

 

● 手取り足取り

 

1. 多くの人が、力を合わせて人の手足をかかえ持つさま。

    また、押さえつけるさま。

2. 行き届いた世話をするさま。 丁寧に教えるさま。

 

● 言行(げんこう)

 

言葉と行い。口で言うことと実際に行うこと。「言行が一致しない」

 

● 鼎(かなえ)の軽重(けいちょう)を問う

 

の荘王が、を軽んじ、周室に伝わる宝器である九鼎 (きゅうてい) の

大小・軽重を問うたという「春秋左伝」宣公三年の故事から》統治者を

軽んじ、これを滅ぼして天下を取ろうとする。

権威ある人の能力・力量を疑い、その地位から落とそうとする。

「会長として―・われる」

 

● 陰(いん)に陽(よう)に

 

あるときはひそかに、あるときは公然と。 また、あらゆる機会に。

 

● 主導権争い

 

複数のものがよりよいものを得るために争うこと。

 

● 分裂の危機

 

組織などが、ばらばらになりそうな危うい状態にあること

 

● 盟友

 

かたい約束を結んだ友。同志。

 

● 史上命題

 

至上命令」から派生した語。 最優先の課題や解決が迫られている

問題などを指して用いられているが、本来は誤用である。

 

● 汚辱(おじょく)

 

地位・名誉などをけがされることによる、はずかしめ。

「汚辱をこうむる」

 

● 復権

 

1. 一度失った権利などを回復すること。

2. 恩赦の一。有罪の言い渡しによって喪失し、または停止された資格を

    回復させること。

3. 破産者が破産手続開始の決定(旧法の破産宣告)によって失った法律上の

     資格を回復すること。

 

● 身心

 

こころと、からだ。精神と身体。「―を鍛える」「―ともに疲れる」

 

 

 

この続きは、次回に。

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