お問い合せ

田中角栄「上司の心得」㊷

コンピューターのミスを算盤が発見

 

さて、山下の〝とんでもないミス〟とは、次のようなものであった。

時に、山下は税制第一課長として、折から翌年度の所得税法の改正案を

まとめ上げた。これは閣議決定を経、国会に法案として提出された。

ところが、国会提出後に、一番の勘どころである税率表の数字が間違って

いたことに気付くのである。じつはコンピューターの取り扱いによる

ミスだったが、もとよりそんなことは言い訳にならない。

こんな杜撰な税率表を出されては、国会で通るものも通らなくなる。

野党にとっては、格好の政府追及材料である。場合によっては、大蔵大臣の

クビが飛んでもおかしくない事態である。

山下は取るものも取りあえず、田中のもとに参上、深々と頭を下げて詫びた。

もとより、その責任は重大、自ら辞職を願い出るつもりだったのである。

ところが、青い顔の山下を前に、田中は破顔一笑、こう言ってのけたの

だった。「ナニ、大したことじゃない。日本の算盤が、コンピューターの

ミスを発見したことにしておけばいい。辞める必要などは毛頭ない

のちに、山下は無所属に転じた後に構えた永田町の個人事務所で、この

ときのことを筆者に次のように述懐したものだった。

「税率表のミスは、結局、それでケリがついてしまった。所得税法の

改正案も成立、ぼくのクビもつながったわけだが、あのときの田中さんの

度胸、着想の凄さ、人間味、言うならば『親分力』に完全に参ってしまった。

じつは、あれを材料に、野党は改正案潰しに動くこともできた。

田中さんが、上司として裏で自らの野党とのパイプを使い、相当、根回しで

苦労されたことは言うまでもない。それにしても、算盤がコンピューターの

ミスを発見したなどは、ふつうの人間の発想にはない。やがて、ぼくの

ところにいろんな派閥から政界入りの話が来たが、政治をやるなら田中

さんのもとでとしか考えられなかったものです」ここでの田中は、部下の

ために泥をかぶってやると言う「親分力」の一方で、上司は部下の苦境

〝脱出口〟、すなわち「けもの道」の一つも教えられないのでは物足り

ないともしているようである。

田中は首相になる前の佐藤(栄作)派幹部時代、佐藤政権を支えるための

〝台所〟すなわち派閥資金の面倒も、一手に担っていた。時に、そうした

部分で自らが「けもの道」を辿っての綱渡りも、多々あったともされて

いる。一方で、政界の事情にうとい若手の議員たちが、最後に頼ったのが

田中であった。ピンチの選挙資金、票の調達法から、私生活でニッチも

サッチも行かなくなった際のその〝脱出法〟まで、田中は「けもの道」

ノウハウを伝授していた。

例えば、女性スキャンダルでヒイヒイ言っているような議員には、仲に

入ってくれる人物から、収拾させるためのカネの面倒まで、物心両面から

手を差し伸べたということだった。「けもの道」とは、生きるための知恵と

言い換えてもいいだろう。上司としての人生の積み重ね、仕事の経験の

豊かさから得た知恵を、自分だけのものにしていても一文にもならない。

部下に「けもの道」の一つくらいは教えられてこそ、上司〝有資格者〟

である。教えられないようでは〝そこまで〟と自戒したい。

 

● 勘どころ(勘所/甲所/肝所)

 

1. 三味線などで、音調を整えるために指で弦を押さえるところ。つぼ。

2. はずすことのできない大事なところ。肝心なところ。急所。

   「―を心得た仕事ぶり」

 

● 杜撰(ずさん)

 

物事がいいかげんで、誤りが多いこと。また、そのさま。

「杜撰な管理」「杜撰な計画」

 

● 事態

 

物事の状態、成り行き。「容易ならない―を収拾する」「緊急―」

 

● 参上

 

目上の人の所に行くこと。また、人のもとに行くことをへりくだっていう語。

まいること。うかがうこと。「御殿に参上する」「明日参上いたします」

 

● 破顔一笑(はがんいっしょう)

 

破顔一笑」とは、にっこり笑う様子をあらわす四字熟語だ。

「顔が破れる」と書くので、相好を崩して大笑いするような印象があるが、

実際は「破顔」は顔をほころばせること、「一笑」は軽く笑うという意味

なんだよ。2019/07/05

 

● 毛頭ない

 

全くない、という意味で用いる言い回し。 毛ほどもないさま。

 

● 述懐(じゅっかい)

 

1. 思いをのべること。「心境を述懐する」

2. 過去の出来事や思い出などをのべること。

  「事件当時のようすを述懐する」

 

● 着想

 

ある物事を遂行するための工夫や考え。思いつき。アイデア。

「奇抜な着想」「主婦が着想した台所用品」

 

● 苦境

 

苦しい境遇。苦しい立場。

「苦境を乗りこえる」「苦境に立つ」「苦境に陥る」「苦境に直面する」

 

● 収拾

 

混乱をおさめ、状態を整えること。

「事態の収拾がつかない」「難局を収拾する」「収拾策」

 

● 物心両面

 

物質的なことと精神的なこととの両方の面。

 

● 自戒

 

自分の言動を自分でいましめ慎むこと。

「おごり高ぶらないように自戒する」

 

 

 

この続きは、次回に。

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