田中角栄「上司の心得」2-④
巧まざる人心掌握術の一言
しかし、田中の「殺し文句」は、決して恣意的なものではなかったことが
重要だ。波乱の人生で身についた、〝巧まざる人心掌握術〟と言っても
よかった。大蔵大臣の頃、こんな光景があった。
新幹線の車中で、ある社会党のベテラン代議士と乗り合わせた。
国会の論戦では、丁々発止、ケンカ腰になることもある相手である。
支援の労組幹部と一緒のその代議士を見つけた田中は、自らツカツカと
その人物の席に歩み寄り、言ったのだった。
「参った、参ったよ。予算委員会では、すっかり君にうまいところを
突かれたなァ。(労組幹部に向かって)彼がもし自民党にいたら、とっくの
昔に大臣か党三役くらいはやっている器だよ」後日、東京に戻ったこの
代議士、このときの話が労組全体に知れ渡り、「先生は本当はなかなかの
人物なんだ」と、大いに株を上げたというのである。以後、この代議士は
田中に頭が上がらなかった。国会での政府追及も、どこかキレ味が鈍った
ものであった。
「殺し文句」の効用を知るべしである。
ちなみに、その後、石破は田中の言に添って<鳥取全県区>(中選挙区制)から
初出馬、父親の「弔い合戦」も手伝った当選を飾っている。
しかし、その前年、すでに田中は脳梗塞で倒れており、政治家として、
直接、田中の薫陶を受けることはなかったのである。
「それが、心残りだった」と、石破は瞑目したものだった。
● 恣意的(しいてき)
恣意的とは、主観的で自分勝手なさまを意味する表現。 行動や考え方に
戦略がなく、気ままなことを表す語。
「思うがまま」「気ままに振舞って」という意味合いを持ち、論理的な
筋道が通っていないことでも、本人が自分勝手な考えで物事を進めていく
状態を指す。
● 波乱の人生
劇的な変化に富んだ人生のこと
● 巧(たく)まざる
当人が意識しないで自然に表れる。「巧まざるユーモア」
● 丁々発止
激しい音をたてて、互いに打ち合う様子を表す語。 また、激しく議論を
たたかわしあう様子を表す語。
● 株を上げる
人物の評価を高めること、評判がよくなることなどの意味の表現。
● 弔い合戦
戦死者のかたきをうって、その霊を慰めるための戦い。
とむらいいくさ。 追善合戦。
● 薫陶(くんとう)
《香をたいて薫りを染み込ませ、土をこねて形を整えながら陶器を作り
上げる意から》徳の力で人を感化し、教育すること。「薫陶のたまもの」
「しかし若い生徒を―するのは中々愉快なものですよ」〈野上・真知子〉
● 瞑目(めいもく)
1. 目を閉じること。目をつぶること。「瞑目して祈る」
2. 安らかに死ぬこと。「家族に看取られ瞑目する」
この続きは、次回に。