ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㉔
OR(オペレーションズ・リサーチ)が登場したとき、若い優秀な研究者の
何人かがそれぞれ本を書き、いずれもが明日のORの専門家の条件について
ページを割いていた。
そして、それらのいずれもがあらゆることに知識をもち、あらゆる分野に
おいて独創的な能力をもつ人を求めていた。
それらの一つは、ORの専門家たるべき者は実に六二の自然化学と人文
科学の分野において高度の知識をもたなければならないとしていた。
しかし現実には、万一そのような人を見つけ出したとしても、せいぜい
在庫管理や生産工程管理にせっかくの能力を浪費するだけであろう。
今日の経営管理者育成プログラムなるものは、会計、人事、マーケティング、
価格設定、経営分析、そして心理学をはじめとする行動科学、さらには
物理、生物、地質学にいたる諸々の自然科学に関する高度の知識を要求
する。最新技術の動向、世界経済の複雑さ、今日の政府機関の迷路に
ついての理解を要求する。
だがそれらはいずれも、専門の学者にとってさえあまりに広大な分野で
ある。学者でさえそれらの分野の一部に特化しており、全体については
素人並みの知識しかもたない。もちろん私はそれら諸々の分野の知識に
ついて、理解の必要がないといっているのではない。
企業、政府機関、病院のいずれの世界においても、今日の若い高学歴者の
困った点は、自らの専門分野の知識で満足し、他の分野を軽視する傾向に
あることである。
確かに、経理の専門家としては人間関係論(ヒューマン・リレーションズ)に
ついて詳しく知る必要はない。技術者としては新製品の販売促進について
詳しく知る必要はない。しかし、それらの分野が何についてのものであり、
なぜ必要であり、何をしようとするものなのかについては知らなければ
ならない。
泌尿器科の一流の専門家であるには精神医学に精通する必要はない。
しかし精神医学がいかなるものであるかは知っておいたほうがよい。
農務省でよい仕事をするには国際条約に詳しい必要はない。
しかし保護的な農業政策が国際関係に打撃を与えることのないよう、国際
政治の基礎知識はもっていたほうがよい。
万能の専門家が必要なわけではない。そのような人は万能の天才と同様に
存在しがたい。われわれに必要なものは、専門分野の一つに優れた人を
いかに活用するかを知ることである。そのようにして成果をあげることで
ある。資源の調達を増やすことができなければ、資源の産出を増やさ
なければならない。成果をあげる方法を知ることこそが、能力や知識と
いう資源からより多くの優れた結果を生み出す唯一の手段である。
成果をあげる能力は組織のニーズからして重要である。
同時に一人ひとりの成果と自己実現の鍵としてさらに重要である。
この続きは、次回に。