ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㊶
アメリカのある大手商業銀行では、証券代行部は、安定した利益はあげるが
単調な仕事と考えられていた。この部門は、手数料ベースで事業会社の
株式の名義書き換えを代行していた。株主名簿の管理や配当の小切手郵送
など雑多な事務を行っていた。
創造性ではなく精密さと能率を必要とする仕事だった。
ある日、この部門を担当することになった副頭取が、証券代行部はどの
ような貢献ができるかと自問するまではそのような部門だった。
彼は、証券代行部の業務が事業会社の財務担当役員と直接折衝する機会を
もたらしていることに気づいた。
事業会社の財務担当役員は、預金、貸し付け、投資、年金管理など、
あらゆる銀行サービスに対する買い手として意思決定を行う立場に
あった。
もちろん証券代行の業務は能率的に運営していかなければならない。
しかしこの副頭取が気づいたように、そこには銀行のあらゆるサービスに
ついての一大営業部隊となりうる可能性があった。
こうしてこの証券代行部は、能率の良い事務屋集団から銀行全体にとっての
強力な営業勢力となった。
「どのような貢献ができるか」を自問しなければ、目標を低く設定する
ばかりでなく、間違った目標を設定する。何よりも、自ら行うべき貢献を
狭く設定する。
なすべき貢献には、いくつかの種類がある。あらゆる組織が三つの領域に
おける成果を必要とする。すなわち、直接の成果、価値への取り組み、
人材の育成である。これらすべてにおいて成果をあげなければ、組織は
腐りやがて死ぬ。したがって、この三つの領域における貢献をあらゆる
仕事に組み込んでおかなければならない。もちろんそれぞれの重要度は
組織によって、さらには一人ひとりの人によって大きく異なる。
第一の領域である直接の成果については、はっきり誰にでもわかる。
企業においては売上げや利益など経営上の業績である。
病院においては患者の治癒率である。もちろん直接的な成果といっても、
銀行の証券代行部のように誰にも明白なものばかりとは限らない。
だが直接的な成果が何であるべきかが混乱している状態では成果は期待
しえない。
その一つの例が、イギリスの国営航空会社の業績、あるいはその業績不振で
ある。国営航空会社は、第一に、事業として運営されるものとされていた。
第二に、イギリスの国家政策および大英連邦の有機的結合の体現として
運営されていた。このように直接的な成果に関してさえ三つも目標があり、
事業の運営がそれらによって引き裂かれ、板挟みになっていたのでは、
いかなる成果もあげようがなかった。
直接的な成果は常に重要である。組織を生かすうえでカロリーの役割を
果たす。一方で組織には価値への取り組みが必要である。
これは、ビタミンやミネラルの役割にあたる。
組織は方向性を持たなければならない。
さもなければ混乱し、麻痺し、破壊される。
この続きは、次回に。