ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㊿+57
アイゼンハワー元帥が大統領に当選したとき、前任者のハリー・S・
トルーマンは、「アイクもかわいそうに。元帥のときは命令すれば
そのとおり実行された。
これからはあの大きなオフィスから命令してもなかなか実行されない
だろう」と言ったという。
なかなか実行されないのは元帥のほうが権力があるからではない。
それは軍がはるか昔から、命令なるものはそのまま実行されないことを
知っており、実行を確認するためのフィードバックを組織化しているからで
ある。軍では決定を行った者が自分で出かけて確かめることが唯一の信頼
できるフィードバックであることを知っている。
大統領が手に入れられる唯一の情報たる報告書なるものはまったく助けに
ならない。これに対し、あらゆる国の軍が、命令を出した将校が自ら出かけ、
確かめなければならないことを知っている。少なくとも副官を派遣する。
命令を受けた当の部下からの報告を当てにしない。
信用しないということではない。コミュニケーションが当てにならない
ことを知っているだけである。
大隊長自らが隊員食堂に出かけていって隊員用の食事を試食するのもこの
ためである。メニューを見て料理を運ばせることはできる。
だがそうはしない。自ら隊員食堂に出かけ兵隊たちと同じ鍋からとる。
コンピュータの到来とともに、このことはますます重要である。
決定を行う者が行動の現場から遠く隔てられるからである。
自ら出かけ、自ら現場を見ることを当然のこととしないかぎり、ますます
現実から遊離する。コンピュータが扱うことのできるものは抽象である。
抽象化されたものが信頼できるのは、それがなければ抽象は人を間違った
方向へ導く。
自ら出かけ確かめることは、決定の前提となっていたものが有効か、
それとも陳腐化しており決定そのものを再検討する必要があるかどうかを
知るための、唯一ではなくとも最善の方法である。われわれは意思決定の
前提というものが、遅かれ早かれ必ず陳腐化することを知らなければ
ならない。現実は長い間変化しないでいられるものである。
自ら出かけ確かめることを怠れば、適切でも合理的でもなくなった行動に
固執することになる。このことは企業の意思決定についても政府の政策に
ついてもいえる。戦後のヨーロッパ政治におけるスターリンの失敗や、
ドゴールの支配下にあるヨーロッパの現実に対するアメリカの不適合や、
EC(ヨーロッパ共同体)に対するイギリスの対応の遅れの主たる原因も
ここにあった。
われわれは、フィードバックのための、組織的な情報収集を必要とする。
報告や数字を必要とする。しかし現実に直接触れることを中心にして
フィードバックを行わないかぎり、すなわち自ら出かけて確かめない
かぎり、不毛の独断から逃れることはできず成果をあげることもでき
ない。これらが意思決定のプロセスにおける重要な要素である。
それでは次に、意思決定そのものについてみることにする。
● 遊離
他と離れて存在すること。離れた存在となること。
「仲間から一人―している」「庶民感情から―した政策」
● 抽象
事物または表象からある要素・側面・性質をぬきだして把握すること。
● 遅かれ早かれ
時期に遅い早いの違いはあっても。いつかは。早晩 (そうばん) 。
「―返事はよこすだろう」
● 固執
あくまでも自分の意見を主張して譲らないこと。「自説に―する」
● 不毛
なんの進歩も成果も得られないこと。また、そのさま。「―な議論」
この続きは、次回に。