P・F・ドラッカー「創造する経営者」⑪
これまでアメリカの大企業は、いかに特殊な製品でも供給しようとし、
あらゆる種類の欲求を満足させようとしてきた。さらには、そのような
欲求を刺激しようとし、刺激できることを誇りにしてきた。
また、きわめて多くの大企業が、自らの意志から一つたりとも製品を放棄
しないことを自慢にしてきた。
その結果、あまりに多くの大企業が、製品ラインの中に、一万に近い品目を
抱え込むにいたっている。そして多くの場合本当に売れているのは二○品目
以下である。しかもそれら二○品目以下の製品が、売れない九九八○品目の
コストを賄うための利益を生まなければならなくなっている。
事実、今日アメリカの競争力の問題点は、その製品のとりとめのなさに
ある。ほとんどの産業において、主力製品は、賃金の高さや税負担の
重さにもかかわらず十分に競争力がある。ところがアメリカの大企業は、
コストさえ賄えない膨大な種類の特殊製品に対し、いわば補助金を出す
ことによって、せっかくの主力製品の競争力を無駄にしている。
今日のアメリカ企業では、スタッフ機能が堕落している。人事、先端技術、
顧客分析、国際経済、OR(オペレーションズ・リサーチ)、PR等いずれの
分野でも、「少しずつ手を出してやろう」が合言葉のようである。
その結果、膨大なスタッフ機能が形成され、しかもそのいずれもが活動を
集中していない。
同じように、コスト管理においても、コストが最も発生している分野に
集中せず努力を分散させている。コスト削減計画は、あらゆるコストの
五%あるいは一○%を引き下げようとしている。しかしそのような一律的な
コスト削減計画では、うまくいっても効果は小さい。
一般的にいって、業績をあげている事業はもともと資金が十分でない。
そこへ一律のコスト削減が行われれば業績をあげられなくなる。
しかも、逆に浪費にすぎないような事業は、必要なだけのコスト削減が
行われないことになる。なぜならば、そのような浪費的な事業には、
もともと十分すぎる資金が割り当てられているからである。
これらが企業の現実であり、ほとんどの企業についていえる仮説である。
企業経営に対する企業家的なアプローチは、これらの現実に対する認識
からスタートしなければならない。
これらの仮説はあくまでも仮説である。事実に基づき、分析によって検証
しなければならない。当然該当しない企業や事業もあろう。
しかし、これらの仮説は、自らの企業を理解するうえで必要な分析の
基礎となるべきものである。
それは、企業家的な三つの活動、すなわち、今日の事業の業績をあげる
こと、潜在的な機会を発見すること、明日の事業を開拓することを行う
うえで必要な分析のスタート地点となる。
単純な小企業も複雑な大企業と同じように、これらの仮説を理解して
おかなければならない。また、今日についてと同じように、何年も先の
未来について考えるうえでも、これらの仮説を理解しておかなければ
ならない。
自らの責任を真剣に考える経営者にとって、これらの仮説は、必要不可欠な
手段である。しかしこの手段は、予め用意したり、使いやすいようにしたり
しておくことはできない。自らが考え使わなければならない。
この手段を設計して発展させ、使いこなすための能力こそ、経営者が当然の
こととして身につけなければならないものである。
この続きは、次回に。