お問い合せ

P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊿-27

□ 知識の現実

 

これまで述べてきた例は五つの基本的なことを教えている。

 

第一に、事業に特有の知識についての意味ある定義はきわめて簡単、

あきれるほど簡単である。人というものは、常に、あまりに当たり前で

ほかの者にも容易にできるに違いないと思うようなことで優れている。

「学殖と意識しているようなものは、学問ではなくて衒学にすぎない」

との昔からの言葉は、企業の知識についてもいえる。

 

しかし第二に、知識の分析には訓練を必要とする。

最初の分析では、如何ともしがたい一般論が答えとして出されるかも

しれない。わが社の事業は通信である、輸送である、エネルギーである。

これでは、営業の全国大会のスローガン止まりである。

意味ある行動に転化のしようがない。そのようなあまりに一般的なセリフは、

せいぜい繰り返して叫ぶ以外のいかなる行動ももたらしてくれない。

これとは逆に、自社のもつ知識として、自然科学に関する全二四巻の

百科事典、および自社のもつ機能として、全部門の活動についてハンド

ブック一式が、答えとして出されるかもしれない。

もちろん、マネジメントの仕事に携わる者はすべて、企業の全部門と

マネジメントの基本を知らなければならない。また、自社の事業と関係

あるすべての知識、電気工学や薬学の基本、あるいは、出版社の場合には

ベストセラーの基本についても理解しなければならない。

しかし、あらゆる知識において卓越することはできない。

おそらくはあらゆる情報について並に知ることさえもできない。

 

自社に特有の知識を明らかにする試みは、繰り返しによって、やがて容易に

なり、報われるものとなる。わが社に特有の知識は何かという問いほど、

マネジメントをして自らを客観的、徹底的かつ前向きに見つめさせる

ものはない。この問いに対する答えほど重要なものはない。

 

第三に、知識は滅しやすい。それは常に再確認し、再学習し、再訓練

しなければならない。自社に特有の卓越性は常に強化していかなければ

ならない。しかし、そもそも自社の卓越性を知らずしていかにしてそれを

維持強化できるか。

 

第四に、あらゆる知識がやがて間違った知識となる。

あるいは単に陳腐化する。したがって常に、「ほかにいかなる知識が

必要か。何か違う知識が必要か」を問わなければならない。

 

この続きは、次回に。

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