P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊿-61
○ 規模の間違い
適切な経済的規模は産業によって違う。技術の成熟度、市場のその構造に
よって違う。しかし、間違った規模の企業は大きな罰を受けることになる。
規模の大きな企業と同じコストをかけながら、小さな規模の便益、あるいは
それ以下の便宜しか受けられないという罰である。
そのような場合には、事業の規模をかなり小さなものに縮小して、市場の
一部だけを相手とするか、あるいは事業の規模をきわめて大きなものに
しなければならない。
例えば、アメリカの洗剤産業では、小企業は狭い地域だけを対象として、
あるいは病院など限られた顧客だけを対象として成功している。
しかし洗剤産業でそのような小企業に次いで可能性があるのは、全国向けに
販売促進する全国ブランドをもつ巨大産業だけである。
この産業では中間の規模では繁栄できない。
おそらく生き残ることもできない。
● 便益
便宜と利益。都合がよく利益のあること。「土地利用の―を与える」
ヨーロッパには、昔から非常に大きな自動車メーカーとして、フィアット、
ブリティッシュ・フォード、オペル、フォルクスワーゲンがあった。
他方部品を購入して年間二○○○台から三○○○台を生産するという中小の
メーカーも成功していた。
しかし、空前のスピードの自動車革命の渦中にある今日、少数のメーカーに
集約される日が迫っている。十分に名が知られ忠実なファンをもつ中堅
メーカーですら生き残れないに違いない。
大メーカー以下の規模ではすべて小規模すぎることになる。
● 渦中
1. 水のうずまく中。
2. ごたごたした事件の中。もめ事などの中心。
「事件の―に巻き込まれる」「疑惑の―にある人物」
リチャード・A・スミスの著書『危機に立つ大企業』は、マネジメントに
失敗したためではなく、成功して中途半端な苦しい規模に成長してしまった
ために、大企業に身売りせざるをえなくなった二つの企業の例を紹介して
いる。
年間売上げ数百万ドルというスタビド・エンジニアリング社は特殊製品の
設計会社として成功し、売上げ一○○○万ドルにまで成長したために、
売上げ二○○○万ドル規模のエンジニアリング会社に相当するマネジメントを
もたなければならなくなった。しかし、年間売上げを二○○○万ドルにする
ことはとうてい無理だった。同社は今日、ロッキードに吸収されてその
事業部の一つになっている。
同じように、小企業として繁栄していたパイセッキー・ヘリコプター社も
V107ヘリコプターの成功のために不経済な規模にまで成長してしまった。
その結果ボーイングに身売りした。
したがって中途半端な規模の企業にとって、問題の解決は小規模に縮小
することである。
ある小さな鉛管用機器メーカーは、シカゴを中心とする三つの州すなわち
イリノイ、ウィスコンシン、インディアナを基盤として、年間売上げ
八○○万ドルで成功していた。製品が重量のある機器だったため、工場
近辺を地盤にすることで輸送上の利点を得ていた。
しかし、やがてこのメーカーが、事業をさらに広い地域にまで拡大した
ところ、売上げは直ちに二○○○万ドルまで伸びたが、売上げの増加分に
ついては赤字に苦しむことになった。
競争が激しく、遠隔地への輸送コストを自ら負担しなければならなくなった
からだった。そのためこのメーカーは倒産寸前にまでいってしまった。
そこで、事業の対象を元の地域にまで縮小したところ、業績は直ちに
回復した。
この産業では、地元を地盤とする中小メーカーであり続けるしか方法が
なかった。事業の拡大を図るのであれば各地に工場をもつしかなかった。
しかも、その場合の売上げの最小限度は年間五○○○万ドルといったところ
だった。
しかし、最も深刻なケースは最小限の規模以下の企業である。
いかに優れた製品を生産しようとも限界的な存在であることに変わりは
ない。成功のために投資すべき資金がマネジメントや研究開発や営業活動の
ために使われてしまっている。ところが、成功しなければ成長に必要な
資金さえ手に入らない。
この悪環境に対する解決は飛躍である。大飛躍である。
二つの規模の間にいることはできない。
一つの規模から次の規模へと一足飛びに移らなければならない。
自力による段階的な成長は不可能である。
必要な規模に達するには、売却するか、買収するか、合併するかしかない。
この続きは、次回に。