「道をひらく」松下幸之助 ㉖
・世間知らず
忍耐づよく、根気よく、知識を身につけよう・校長と先生の命令に絶対
したがうべし・校長や先生が教室にはいるとき、教室を出るとき、起立
して送迎すべし・先生に答えるときは起立、先生の許可あって着席すべし・
校長と先生には敬意をはらい、校長や先生に道で出会ったときは礼儀
正しいおじぎをせよ・年上のものを尊敬せよ・老人、幼児、弱いものに
親切にていねいであれ、道や席をゆずり、あらゆる援助をせよ・親の
いうことをきき、手助けをし、弟妹のめんどうをみよ——-。
これは、ソ連の小学校、中学校で省令として公布されている〝生徒守則〟の
一部で、この規則を破った生徒は、退学の罰を負うということである。
中共においても同じような規則がつくられていたというし、欧米諸国に
おいてもこれに似たことが説かれている。
どこの国においても、たとえ主義主張がちがっても、人間として大事な
ことは万国共通、人みな共通である。だからやはりどこでもだれでも
大事にする。礼儀とか道徳とかいうと、何となくうとましいもののように
思うわが国の昨今、おたがいに世間知らずであってはならないような
気がする。
・心を通わす
古人曰く、人生はあざなえる縄の如し。まことにこの世の中、長い人の
歩みのなかには、よいこともあればわるいこともある。うれしいことも
あれば悲しいこともある。そして、よいと思ったことが実はわるくて、
わるいと思ったことが実はよくて、つまりはあれこれと思いまどう
ことは何もなくて、はじめから素直に謙虚に歩んでおればそれでよか
ったと、人の知恵の浅はかさに、いまさらのように胸打たれることが
しばしばある。
はじめからしまいまで徹底的にわるいということもなければ、また
徹底的によいということもないのである。それでもなお人は、わるいと
思うときには自分で自分の心を閉ざし、よいと思うときにはまたおごりの
心で人をへだてる。
心を閉ざし、人をへだて、心と心とが通い合わぬ姿からは、おたがいに
協力も助け合いも生まれてはこない。心ひらかぬ孤独の人びとばかりに
なるであろう。
有為転変のこの世の中、よいときにもわるいときにも、いかなるとき
にも素直に謙虚に、おたがいに心を通わし、思いを相通じて、協力し
合ってゆきたいものである。
● 有為転変
仏教のことばで、世の中のすべての現象や存在は常に移り変わるもの
であって、決して一定しているものではないということ。
「有為」は、因縁によって生じたさまざまな現象。
「転変」は、移ろい変わること。 「ういてんべん」ともいう。
おたがいに はたして真の大人だろうか
自分自身を過大視せず いやしめることなく
みずからのことは みずからの力で処する
きびしいひとり立ちの心がまえを
身にしみて 真剣に考えているだろうか
大人としての ふかい責任感と気力をもって
今こそ この国日本の 正しく生きる姿と
ながい歴史に培われた その誇りとを確かめたい
世界の繁栄と平和と幸福を ともに築くために
この続きは、次回に。