続「道をひらく」松下幸之助 ㊿+3
● 思いやる心
夏の終わりの田舎道。きびしい残暑の田舎道。雨が降らないから道が
かわいて、一日一日と水気がなくなっていって、パサパサのポクポクの
田舎道。
土の粒子を互いにつなぐものは水分で、だからその水分がなくなったら、
土はバラバラ。だんだんこまかくなって、ちょっと風が吹いても、まるで
砂漠のように舞いあがる。うるおいのないパサパサのポクポクの田舎道。
人と人とを互いにつなぐものは、お互いに相手のことを思いやる心。
ちょっとしたことにも、思いやる心から泉がにじみ出る。そのうるお
いがなくなったとき、人と人との間は、パサパサのポクポク。こまかい
こまかい土の粒子のような、何のつながりももたない人間の寄り集まり
になって、ちょっとしたことも、個々パラばらに舞いあがる。
どっしりとした大地を支えるものは水。どっしりとした人間の共同生活を
支えるものは、他を思いやる心。世の中がどんなに変わっても、お互い
にこの心の泉までも枯らしたくないと思うきょうこのごろである。
● 心静かに
一犬影に吠ゆれば万犬声に吠ゆ。何かの気配におびえた一匹の犬が、
もののけにつかれた如くけたたましくほえたて始めると、その声にお
びえた犬たちが、次から次へとほえたててゆく。ついには、何のため
にほえているのかわけもわからぬままに、ほかの犬がほえているから、
だから自分もほえる。
そんなこんなで、けたたましいほえ声が、意味もなく町々を走り、野山
をかけめぐる。月に吠える一犬は一幅の景になるけれど、いたずらに
騒々しい万犬の声には、しばし静かにあれとよびかけたくもなる。
犬だけではない。お互いのこの世の中、手前勝手な声ごえで、何とは
なしに騒々しくなってきた。あちらが勝手ならこちらも勝手。勝手と
勝手がぶつかり合って、とにもかくにも大きい声。そんなこんなで無用
のまさつが起こり、わけのわからぬかっとうで自他ともに傷つく。
今こそ心静かに、ほんとうに何が起こり、何が大事で、何をなさねば
ならないのか、自他ともの真の幸せのために、広く高く深く考え合って
みたい。そんな時なのである。
■ 一犬影に吠ゆれば万犬声に吠ゆ
(何かの拍子に一匹の犬が影におびえて吠えだすと、ほかの犬もそれ
につられて吠えだすことから) だれか一人が憶測で物を言い始めると、
世間の人々はうわさの真偽を確かめようともせずに、真実のこととして
うわさを広めてしまうことにたとえる。
■ もののけ
生霊(いきりょう)、死霊などの類をいい、人に取り憑(つ)いて、病気
にしたり、死に至らせたりする憑き物をいう。平安時代の文献には
よくこのことが記録されている。
■ 一幅
この続きは、次回に。