続「道をひらく」松下幸之助 ㊿+19
○ 師走(しわす)
● 年の暮れ
何となく心せわしくなってきた。毎年のことで、別にどうということ
はないようにも思うのだが、やはり年の暮れというと落ち着かない。
あれもかたづけておきたい。これも始末をしておきたい。別にウカウカ
すごしてきたつもりではないけれども、それでも何となくその日その
日をウカウカすごしてしまったような悔いにおそわれるこの年の暮れ
である。
だかしかし、こんな思いがあればこそ、この一年のしめくくりもでき
るのであろう。年内余日もないきょうこのごろではあるけれど、今か
らでもおそくない。できる限りのことはしておこう。及ばずながらも
やってみよう。今や一日が尊く、一時間が貴重なのである。
そんななかでも、世の人に対する感謝の気持ちだけは忘れまい。この
一年、ともかくもすごし得たのは、自分ひとりの力ではない。あの人
のおかげ、この人のおかげ、たくさんの人のたくさんの善意と好意の
おかげである。時にやり切れない思いに立ったこともあろうけれど、
最後はやっぱりこの感謝の思いにかえりたい。
それでこそこの年の暮れである。
● 未練
この一年、いろんなことがあって、いろんな思いを残してきたけれど、
年の暮れの今となってみれば、別に未練は何もない。何もないと思い
たい。
やり残したこと、やり足らなかったこと、考え及ばなかったこと、考え
すぎてしまったこと、数えあげればキリがない。なかでも、今すこし
の心くばりをして、今すこし親切にしてあげたなら、どれほどあの人
の心はなごんだことか、そんな心残りがするのが、一番辛い。
眼に見えぬ人の心に残されていくものが、さいごには、わが心にも残る
のである。
しかし、それもこれもみんなグチというもの。今さら、わが心を責め
ても、もうおそい。まもなく、年の暮れの鐘が鳴る。グチは言うまい。
今はただ、無言の天地に無言の謝罪をして、至らざるわが心のゆるしを
乞うのみである。そんななかから、とめどもない未練も次第に消えて
いくであろう。
よくぞ越えてきたこの一年の山坂。よくぞ耐えてきたこの山坂。別に
未練は何もない。あとはただ、来るべき年の新たな山坂を心静かに待つ
のみである。
この続きは、次回に。