書籍「Effectuation エフェクチュエーション」 ⑩
第3章 許容可能な損失の原則
✔︎ 熟達した起業家は「命がけのジャンプ」をしたりはしない
第2章では、エフェクチュエーションに基づく意思決定が、目的から考えるのでは
なく、まず手持ちの手段(資源)に基づいて、「何ができるか」の具体的な行動の
アイデアを生み出すと言う特徴を持つことを確認しました。不確実性が高い環境下
では、行動が期待した通りの結果なる保証はありませんが、すでに持っている手段
(私は誰か・何を知っているか・誰を知っているか)に基づく限り、そうした行動の
アイデアは少なくともあなた自身にとって意味があり、実効可能なものではあるは
ずです。しかし、アイデアが実行可能であったとしても、それを本当に実行するため
には、起業家はさらなる意思決定の必要性に迫られるでしょう。
あるアイデアを着想した場合に、本当にそれを実行するのか。あるいは、複数のアイ
デアがある場合には、一体どれを実行するのか。こうした意思決定に際して、コーゼー
ションに基づく発想では、一般的に期待できるリターン(期待利益)の大きさが、判断基
準として用いられてきました。つまり、行動の結果として、投下した資源以上の大きな
リターンが期待できるならば実行すればよい、と考えるのです。複数の行動の選択肢が
ある場合にも、最も期待利益の大きいもの、つまり最も成功しそうなものや儲かりそう
なものを選ぶべきだと考えられます。ただし、環境の不確実性が極めて高い状況では、
どれほど精緻に期待利益を予測しようとしたところで、それが得られる保証はどこにも
ありません。
だからこそ、こうした高い不確実性に繰り返し対処してきた熟達した起業家は、事前に
予測された期待利益ではなく、逆にマイナス面、うまくいかなかった際に生じる損失可
能性に基づいて、行動へのコミットメントを行う傾向がありました。将来得られるだろ
う大きな期待利益のために大胆なリスクを取ると言う、ハイリスク・ハイリターンに
賭ける一般的な起業家のイメージとは異なるかもしれませんが、熟達した起業家は、
不利な面を十分に認識したうえで、避けられるならば絶対にリスクは取るべきではな
い、と考えていたのです。
実際に、エフェクチュエーションの発見に至った意思決定実験に協力した27名の起業家
の誰一人として、リターンの可能性を予測するために特別な努力を払ったり、それに
基づいて投資水準を決めたりしませんでした。そのかわりに、「失うことを許容できる
範囲(afford to loss)においてのみ資金を使おうとする傾向や、出費をできるだけ抑えよ
うとする傾向が見られました。つまり彼らは、予期せぬ事態は避けられないことを前提
としたうえで、最悪の事態が起こった場合に起きうる損失をあらかじめ見積もり、それ
が許容できるならば実行すればよい、という基準で意思決定を行なっていたのです。
これがエフェクチュエーションを後世するもう1つの思考様式である、「許容可能な
損失(affordable loss)の原則」です。
この続きは、次回に。
2025年10月11日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美