書籍「Effectuation エフェクチュエーション」 ㊲
✔︎ 「非予測的コントロール」によって存在しなかった市場が紡ぎ出される
これまで確認してきたアイスホテルの事例から、エフェクチュエーションの全体プロセ
スがどのように進んでいくのかを、改めて整理してみましょう。
最初の時点で、起業家に明確な目的や事業機会が見えている必要は必ずしもありありま
せん。ベリークヴィストの場合は、大企業での仕事に不満はあったものの、会社を辞め
て起業しようと考えていたわけではありませんでした。彼はまず、すでに持っていたユ
ニークな手段(「何を知っているか」としてのラフティングのスキルとボート)を使って
すぐに実行可能な行動(観光客をボートに同乗させる)から、新しいアイデア(ラフティ
ング体験事業)を着想し、「誰を知っているか」(観光案内所で働く友人)を活用しなが
ら、そのアイデアを形にするための行動に、やはり無理のないリスクの範囲で、一歩一
歩着手していきました。そうした取り組みは成功する保証がない一方で、自身の知識や
社会的つながりを活かして実行可能な、そして、自身のアイデンティティ(ユッカスヤ
ルヴィの自然に魅力と可能性を感じているという「私は誰か」)と照らし合わせて実行
する意味のある、彼にとって合理的な行動であったといえます。そして、それが想像
以上に成功した結果から、彼のコミットメントもいっそう高まっていきました。
ラフティングの事業を本業として取り組むという発想や、会社を辞める覚悟も、顧客や
仲間からの継続的なコミットメントを得たことで初めて明確になったと考えられます。
ただし、こうしたアイデアが具体化されて形になっていくプロセスは、必ずしも直線的
に進むわけではありません。時に、未来が予測できないなかで生じる偶発性を取り込み、
結果として大きな方向転換を経験することがあります。起業家が経験する偶発性には、
行動の予期せぬ結果(ラフティングの事故や、氷のアートフェスティバル当日に降り出
した雨、アプソルート社からの超えたコミッメントなど)や、新たな人や情報や、ホテ
ルが満室で困っていた海外ゲストなど)といった、外部環境によってもたらされるさま
ざまな影響がありますが、どのような偶発性が起こるかは、事前に予測もできなければ、
デザインすることもできません。
しかし、重要なのは、そうした予測を超えた外部環境のフィードバックを得たときに、
それに翻弄されたり、逆に事前の予測や計画に固執して見過ごしたりするのではなく、
その場・その瞬間でコントロール可能な活動に集中して、パイロットとして対処する
行動をとることであるといえます。そうして新たな行動を生み出すからこそ、危機的
事態や新たな他者との出会いを含む、外部環境における偶発性を自らのコントロール
可能性を拡大する機会として取り込んで活用することが可能になります。
世界中の誰も、そして創設者であるベリークヴィスト自身も想像しなかった、アイス
ホテルやアイスパーという新しいビジネスは、このような非予測的コントロールの帰結
であることがわかります。
この続きは、次回に。
2026年2月5日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美

