[新訳]イノベーションと起業家精神(下) —-その原理と方法⑫
[第Ⅲ部]起業家戦略
起業家精神を発揮するには、起業家としてのマネジメント、すなわち企業の内部にかかわるいくつかの原理と方法が必要である。これに加えて企業の外部、すなわち市場にかかわるいくつかの原理と方法が必要である。それが起業家戦略である。
[第16章]総力による攻撃
起業家戦略は四つある。
(1) 総力による攻撃
(2) 弱みへの攻撃
(3) 隙間(ニッチ)の占拠
(4) 価値の創造
これらの四つの戦略には、それぞれ特徴がある。
適合するイノベーションと、適合しないイノベーションがある。それぞれが、起業家に対し異なる行動を要求する。特有の限界をもち、特有のリスクを伴う。
1 総力による攻撃
「総力による攻撃」–起業家は、この戦略によって、新しい市場や産業の完全支配は無理にしても、トップの地位を得ようとする。つねにそうとはかぎらないが、しばしば、新たな大きな産業を生み出そうとする。最初から永続的なトップの地位を得ようとする。
○ 辛い戦略
たしかに多くの起業家がこの戦略をとる。だがこの戦略は、リスクが最も小さいわけではないし、成功の確率が最も高いわけでもない。起業家戦略としてとくに優れているわけでもない。それどころか、あらゆる起業家戦略のなかで、最もギャンブル性が強い。いっさいの失敗を許さず、チャンスは二度とない辛い戦略である。ただし、成功すれば成果は大きい。
2 成功への道
○ 七つの機会
「総力による攻撃」—この戦略には、徹底した思考と分析が不可欠である。
この戦略が成功するためには、すでに述べたイノベーションの七つの機会を利用したものであることが必要である。
○ さらに走りつづける
この戦略では、明確な目標を一つ掲げ、そこに全エネルギーを集中しなければならない。しかも成果が出はじめるや、さらに大量に資源を投入しなければならない。
イノベーションが事業として成功したあと、本当の仕事が始まる。この戦略は、トップの地位を維持していくための継続的な努力を要求する。さもなければ、全ては競争相手のために市場を生むだけに終わる。
○ 自らの手による陳腐化
そして何にもまして、この戦略によって成功した起業家は、競争相手によってではなく、自らの手によって、自社製品や工程を陳腐化させていく必要がある。
3 リスクの大きさ
○ 僥倖
「総力による攻撃」—この戦略には、チャンスは1度しかない。直ちに成功するか、さもなければ完全な失敗である。
○ リスクの大きさ
「総力による攻撃」—この戦略は、リスクが大きい。ほかの戦略、たとえば創造的模倣がとられるのは、この戦略では成功よりも失敗のリスクのほうが大きいからである。
強い意志がなければ失敗する。努力がなければ失敗する。イノベーションとして成功しても、十分な資源を投入しなければ失敗する。事業として成功しても、十分な追加資源を投入しなければ失敗に終わる。多くの場合、ほかの戦略のほうが望ましい。リスクが大きいからではない。「総力による攻撃」に必要なコスト、努力、資源に見合うほど大きなイノベーションの機会はあまりないからである。
この続きは、次回に。