ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 ㊶
✔️ CSRは、結果として稼げる
CSR研究は発展途上の分野であり、さらなる研究の蓄積が期待されます。
しかしこれまでの研究成果を見る限り、「CSRのポジティブ効果を過小評価してはならない」という
ことは、間違いなく言えそうです。
重要なのは、本稿で紹介した「イメージ効果」「情報開示効果」「保険効果」のいずれも、「外部の
ステークホルダーに、自分たちのCSR活動をきちんと説明すること」が前提になっていることです。
だからこそ、プラス効果が得られるわけです。そう考えるとCSRとは、企業と外部ステークホルダー
との「コミュニケーションの場」の一つと捉えるのがよいのかもしれません。
もちろん、多くの企業がCSRのような社会貢献を目指す場合、その出発点は「善意」、あるいは
「他者がやっているから」なのかもしれません。
しかし善意の結果としてのCSRで「稼げる」のであれば、それは悪いことではないのでしょうか。
経営学ミニ解説 8 エージェンシー問題
第17章で紹介したように、企業ガバナンスを考える上で重要なのが、エージェンシー理論です。
同理論は経済学を基礎に置きますが、経営学でも膨大な応用研究があります。
エージェンシー理論では、ビジネスにおいて人は2種類の役割に分けられると考えます。
一つの役割が、本来そのビジネスの目的を達成したい「プリンシパル」で、もう一方がプリンシパルに
変わって実際にその行為をする「エージェント」です。
保険を例にしてみましょう。自動車保険では、保険会社は事故が起きたら加入者に保険金を払わなければ
いけませんから、当然ながら加入者には「なるべく注意深く運転してほしい」と考えます。
しかし、保険会社が加入者の車を運転するわけでありませんから、結果として「注意深く運転する」と
いう行為を、自身に代わって加入者に依頼していることになります。
すなわち保険会社がプリンシパルで、加入者がエージェントです。
ここで問題が、二つ生じます。
第一は、目的の不一致(Interest Misalignment)です。
実際に運転する保険加入者は、保険会社が期待しているほどに注意深く運転するとは限りません。
何よりも保険に入っているわけですから、「多少の事故を起こしても保険でカバーされるから大丈夫だ」と
考えて、むしろより不注意に運転するかもしれません。
第二の問題は、保険会社が加入者の行動を監視できないことです(「情報の非対称性」と言います)。
保険会社は数多くいる加入者全員が日ごろのような運転をしているかを、いちいち把握することは
できません。この二つの問題により、本来「加入者に注意深く運転してほしい」と考える保険会社の
目的は、達成されないのです。これが「エージェンシー問題」です。
これを企業ガバナンスに当てはめましょう。この場合、「プリンシバル」は株主です。
資本主義国で株式会社制度を取る以上、少なくとも企業の持ち主の一部であることには異論がないで
しょう。そして株主が期待することには、当然ながら「企業価値(あるいは株価)の最大化」です。
それを代わりに実際に担うのが、経営者(=エージェント)ということになります。
しかし、経営者が常に企業価値の最大化だけを優先するとは、限りません。
例えば、経営者は株価よりも自分の野心を優先して、過剰な投資を実行するかもしれません。
それよりまずいのは、私欲や自分の立場を守るために、不正会計などの違法行為に手に染めること
でしょう。
日本企業の場合は、いわゆるサラリーマン経営者がリスクを恐れて、株主が期待する大胆な企業変化を
起こせない、というタイプの「目的の不一致」もよくあります。そして、株主はこれらの行動を完全に
監視できません(=情報の非対称性)。あるいは監視ができても、特に上場企業などでは株主一人が持つ
シェアは小さく、経営者をコントロールできません。したがって、株主の期待する「企業価値の最大化」が
実現されないというエージェンシー問題が発生するのです。
しかし同族企業では、この二つの問題は解消されやすくなります。
第一に、同族企業では通常、創業家一族が筆頭株主で、しかも経営者が創業家一族から出ることも多く
あります。したがって主要株主と経営者が一枚岩になりやすく、「目的の不一致」が起こりにくいの
です。さらに、主要株主と経営者が同族なら、蜜な情報交換ができますので、情報の非対称性も解消
されます。もちろん、逆に言えばこの「主要株主と経営者の一体化」が、彼らの意思決定を外部から
見えにくくするため、その不透明感が同族経営に対してマイナスのイメージを抱かせるのも確かです。
しかし17章で紹介したように、同族企業の業績は実は平均的に高く、その理由の一つは、このように
同族企業のほうがエージェンシー問題を解消しやすいことにあるのです。
この続きは、次回に。