人を動かす経営 松下幸之助 ㊳
第五章 信念の経営
・ 自分の考えをもつ—実らなかった会議
物事をスムーズに進めていきたいというのは、誰しも願うところである。
しかしそれは単にそういう希望や願いを持っていればそうなるというものではない。
それだけでは、他から強い主張が出てきた場合、混乱してしまう。
どうしたらよいのかわからなくなってしまう。これではいけない。
しかし私自身、ややそれに近い経験をしたことがある。
※ 省略致しますので、購読にてお願い致します。
そうこうしているうちに、Y氏が一つの提案をした。
「問屋に売らないようにしなければならないのであれば、うちは代理店をやめる。しかし、その場合は
松下電器は違約金として二万円を払ってほしい。それがいやなら、全国の販売権をY商店に譲ってくれ。
そうしてくれれば、地方代理店も大事な得意先になるから、安心して販売してもらえるようにする。
こうすれば、互いに協調してやっていけるのではないか」。
私はおどろいた。というのはこの提案は初耳である。今まで考えたこともないことを提案してきた。
まことに予期外の申し入れである。こんなことを考えていたのであれば、あらかじめ私にも言って
くれておいたらよい。
ところが、事前には何も言わずに、こういう席上で急に発信する。まことにもって、けしからんと
いえばけしからん。しかし、けしからんけれども、Y氏のこの提案は一考の余地がある。
結局、その代理店会ではこれといった結論を出すことができずに、成果もないまま、当分は現状の
ままいくということで閉会した。実りはなかったのである。
あとは、Y氏の提案に対して、いかに対処するかが問題である。私は考えて考えて考えぬいた。
その結果、結論として、Y氏の提案を受け入れることにした。全国の販売権をY商店へ譲渡することに
したのである。いってみれば、これはY氏に説得されてしまったわけである。
なぜ説得されたのか。これは、いろいろな理由が考えられる。商売人としての経験の差がある、という
こともあろう。また性格的なものもあるかもしれない。けれども、結局のところ、私には信念らしき
ものがなかった。私が自分自身としてのハッキリした方針、考え方を堅持していなかったからである。
直面している問題、状況に対して、これはこうしなければならない、こういうようにすべきである、
というような考え方をハッキリともっていたならば、代理店会において双方の主張が対立しても、
またY氏が新しい提案をしても、それに対して自分なりに適切な対応ができたのではないだろうか。
こういう反省に立って、その後、私は自分としての考えをハッキリもつということに対して、大いに
努力した。だから、夜も昼も頭を働かせ、心をつかって物事を考えなければならないことになる。
あらゆる物事を考えなければならない。これはなかなかむずかしいといえばむずかしいことであるが、
商売をする者、企業の経営に携わっている者としては、やはりそういうことが必要ではないかと思う。
そして、自分なりの信念をもたなければならない。
私はそれを、自分自身に対して要求してきたわけである。
この続きは、次回に。