Coffee Blake-令和3年6月13日(日) 「六道」
昨日、仕事最中に、「六道」という言葉を初めて聞きました。
これは、インターネットで調べてみる価値あり、と思い、早速、調べて
みました。
その結果、私には理解するには、ちょっとどころか大変難しい内容でした。
理解するまでには、大分、日数が必要と思いました。
さて、皆さんは、いかがでしょうか。
それでは、「六道」をご紹介致します。
2021.6.13
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美
六道とは? 六道輪廻の解脱方法
「六道」とは「ろくどう」とも「りくどう」とも言われますが、「りく
どう」と聞くと、聞いた人は何のことか分かりにくいので、「ろくどう」が
分かりやすいかと思います。
現代の日本では、仏教に説かれる六道は死後ではなく心の中のことと
たいていの人に思われていますが、そう思っていると仏教はまったく
意味がなくなり、本当の幸せにもなれなくなってしまいますので注意が
必要です。
この記事では、
・六道はこの世のことなのか
・仏教で教えられる六道輪廻の経典上の根拠
・六道とは
1.地獄界とは
2.餓鬼界とは
3.畜生界とは
4.修羅界とは
5.人間界とは
6.天上界とは
・六道を解脱したらどうなるか
・六道を解脱する方法
について分かりやすく解説します。
六道は死後ではなく心のこと?
「六道は、死後の世界ではなく、生きているときの心の状態」ととらえる
のは、非常に分かりやすい観念的な考え方で、特にインテリに多い考え
方です。仏教学者でもそういう人はあります。
ではその人たちは、お経の至るところに説かれている死後の地獄などの
六道は、なぜ死後ではなく、生きているときの心の状態と解釈できるの
でしょうか。
少し勉強している人は、「お釈迦さまは死後のことを説かれなかったから」
と言うかもしれませんが、そのエピソードは1つだけで、死後のことを
説かれたところは何千何万とありますので、公平に見て曲解です。
また、地獄や極楽が心の中だけのことであれば、「腹が立ったときが地獄の
心、慈悲の心が起きたら仏の心、極楽の心」と思うかもしれませんが、
仏のさとりは、そう簡単に開けるものではありませんし、1回開いたのに
すぐに崩れて地獄になってしまうような儚いものは、仏のさとりでは
ありません。また、地獄の寿命は、一番苦しみの穏やかな等活地獄さえも、
人間界の50年を1日として、500年間あると説かれています。
計算すると、約900万年です。
地獄は本来、そんな簡単に抜け出せるような世界ではないのです。
確かに六道は、一人一人の心の中にあります。
しかし、地獄や極楽が心の中だけで、死後にはないという人は、仏教の
片面しか知らない人です。
仏教で教えられる六道とは?
六道は今の心の中にあるのですが、今の心の中にあるから、死後にも
あるのです。仏教の根幹は因果の道理です。
現在の心を因として、死後の果を生み出します。
現在の心の六道が、死後の本当の六道を生み出します。
死後にあるのが本当の六道です。
ですから、六道は、心の中だけのことであって、死後にはない、といったら
間違いです。お釈迦さまは本当の六道について、『心地観経』にこのように
説かれています。
有情、輪廻して六道に生まるること、なお、車輪の始終なきがごとし。
(心地観経)
「有情」とは私たちのことです。
私たちは、果てしない遠い過去から、生まれ変わり死に変わり、車の輪が
果てしなく回るように、六道輪廻を繰り返しているということです。
このことをたまに、お釈迦さまが自ら説かれたことではなく、当時
バラモン教で言われていたことをお釈迦さまが踏襲されたという人が
ありますが、それは間違いです。
お釈迦さまは、パーリ仏典の中部経典にこう説かれています。
私はこの話を他の修行者やバラモンに聞いて語るのではありません。
そうではなく、私が自ら知り、自ら目にし、自ら了解したことを、それを
私は語るのです。 (中部経典)
このように、お釈迦さまはバラモン教を踏襲されているつもりはまったく
ありません。六道輪廻は、仏のさとりを開かれたお釈迦さまが、自ら発見
されて説かれているのです。
では、「六道」とはどんな世界でしょうか?
6つのカテゴリー
仏教では、すべての生き物は、自ら生みだした自分の世界に生きています。
ですから、普通は万人共通の宇宙があって、その中にみんなが生まれて
来たと思っていますが、そうではありません。
みんな自分が生みだした世界に生きていますから、命の数だけ世界が
あります。
そのため、この世でも、あの人は人間なのに、上野動物園のダチョウに
似ている、という人もいれば、キリンに似ている、という人もいます。
たとえ同じ町に住んでいても、見えている景色は人によって全然違います。
ところが、それでは分かりにくいので、お釈迦さまは、すべての生きとし
生けるものを、6つのカテゴリーに分けられています。
これを「六道(ろくどう)」といいます。
そして『過去現在因果経』にも「六道を輪廻す」(過去現在因果経)と
説かれるように、私たちは、この6つの世界を車の輪が回るように、
生まれ変わり死に変わりしていると教えられています。
(5つにカテゴリー分けされた場合は修羅を地獄や餓鬼、人間や天上など、
時と場合によってどこか別のところに入れて「五趣(ごしゅ)」といわ
れます)
その6つの世界とはどんな世界かというと、龍樹菩薩(ナーガールジュナ)は、
『大智度論(だいちどろん)』にこう教えられています。
善悪を分別するが故に六道あり。
善に上中下あるが故に三善道あり、天、人、阿修羅なり。
悪に上中下あるが故に地獄、畜生、餓鬼なり。
(大智度論)
六道とは、「三善道(さんぜんどう)」といわれる天上、人間、修羅の
比較的楽しみの多い3つの世界と、「三悪道(さんあくどう)」といわれる
地獄、餓鬼、畜生、の3つの激しい苦しみの世界を合わせた6つの世界
です。
六道(五趣)
5. 人間界
この6つの世界は、天上界も含めていずれも迷いの世界です。
それぞれどんな世界でしょうか。
それぞれどんな世界?
この六道の様子については、平安時代の高僧、源信僧都の『往生要集』の
最初のほうに、お経や菩薩の書物に基づいて、詳しく教えられています。
以下、それを簡潔に見てみましょう。
1.地獄界
地獄界は、最も苦しみの激しい世界です。
この世の溶鉱炉の火を地獄に持って行くと、霜か雪のようになってしまうと
いわれます。また、この世の一番の苦しみを一滴の水とするなら、地獄は
海の水のような苦しみだといわれます。
源信僧都の『往生要集』には、大火で身を焼かれる苦しみについて、こう
説かれています。
この苦は一すくいの如く、後の苦は大海の如し。
(往生要集)
大火で焼かれる苦しみを手にすくいとった1すくいの水とすれば、地獄の
苦しみは太平洋の水のような苦しみだということです。
その期間もケタ違いに長い、果てしない苦しみの世界です。
地獄の苦は、この世の苦しみとは違うので、お釈迦さまは私たちに分かり
やすいように、火や刃物、鬼などにたとえて教えられています。
実際には言葉で言い表せない苦しみです。
詳しくは以下の記事をご覧ください。
→地獄の種類と階層(八大地獄)と苦しみ・人は死んだらどうなるか?
生き物を殺すと地獄に生まれますが、生まれてから今まで、虫けら一匹
殺してもアウトです。
2.餓鬼界
餓鬼界は、飢えと渇きでガリガリにやせ細り、骨と皮になって苦しむ
世界です。
それでも食べたい物も食べられず、飲みたい物も飲めません。
生き物は殺していないけど、欲深く、ケチな人が餓鬼に生まれます。
詳しくは以下の記事にあります。
3.畜生界
畜生界とは、動物や鳥、昆虫の世界です。
弱肉強食で、自分より強い生き物に突然襲われて食われてしまう理不尽な
世界ですので、常に不安に怯えています。
生き物も殺さず、ケチでもなかったけど、因果の道理が分からず、幸せな
人をねたみ、他人の不幸を喜ぶ愚痴の心で畜生に生まれます。
詳しくは以下の記事です。
→ちくしょう!畜生の意味…仏教の畜生界・畜生道は恐怖の競争社会
この3つを「三悪道」といい、特に苦しみの激しい世界です。
4.修羅界
修羅界とは、闘争の激しい世界です。
あの家は修羅場だというと、ケンカが絶えないということです。
詳しくは以下の記事です。
5.人間界
人間界とは、苦しみも楽しみもある私たちの生きている世界です。
六道の中で唯一仏法が聞ける可能性があり、仏教を聞けば六道から解脱
(げだつ)できます。
6.天上界
天上界とは、六道の中では楽しみの多い世界ですが、極楽浄土とは違って、
やはり迷いの世界で、悲しみもあり寿命もあります。
さらに、年をとってくると、それまで楽しかった分、地獄以上の苦しみを
受けます。
もっと詳しいことは、以下の記事でご覧頂けます。
→【有頂天から始まる地獄】仏教の天上界の種類と意味・天上界へ
このように仏教では、私たちは、これらの6つの苦しみ迷いの世界を、
遠い過去から、今日まで、生まれ変わり死に変わりを続けてきたと
説かれています。そして、車輪が際限なく同じところを回るようにこれ
からも未来永劫、生死を繰り返し、苦しみ続けて行くと説かれています。
これを「六道輪廻(ろくどうりんね)」といいます。
では、六道輪廻を離れると、どこに生まれるのでしょうか?
六道輪廻を離れるとどこに生まれる?
六道輪廻を離れると、死ぬと同時に「浄土」に生まれます。
浄土というのは、悟りの世界です。
この浄土に生まれることを「浄土往生」といいます。
「浄土」のことを「極楽」ともいいますから、「極楽往生」ともいいます。
このように、六道輪廻から離れることを「解脱(げだつ)」といい、この
「解脱」こそが仏教の目的です。
それは、生きているときに定まりますので、この世から、いつ死んでも
浄土往生間違いなしの変わらない幸福になれます。
これを絶対の幸福といます。
解脱の方法は、仏教にしか説かれていないのですが、仏教は六道の中でも
人間に生まれたときしか聞けませんので、仏教を聞いて、絶対の幸福に
なることが、人界受生の本懐(ほんがい)であり、人間に生まれた目的だと
仏教では教えられています。
ではどうすれば、六道輪廻を解脱できるのでしょうか?
六道輪廻を解脱する方法
では、どうすれば、この六道輪廻を解脱できるのでしょうか。
それには大きく分けて2つあります。
一つは、地獄へ堕ちる殺生罪などを造らないようにして、六道輪廻を
引き起こす欲や怒りやねたみそねみの煩悩をなくすように修行する
方法です。これには、出家して、大変な難行を長期間する必要があります。
そして、修行の途中で気を抜いて悪を造ってしまうとゼロからやり直しに
なります。
もう1つは、煩悩はそのままで、煩悩よりももっと深いところにある
六道輪廻の根本原因をなくすことです。
この場合は出家も修行も必要なく、生きている今生になくすことができ
るのでオススメです。
● 曲解
物事や相手の言動などを素直に受け取らないで、ねじまげて解釈すること。
また、その解釈。「好意を曲解されては困る」
● 儚い(はかない【▽果無い/果=敢無い/×儚い】)
1. 束の間であっけないさま。むなしく消えていくさま。
「―・い命」「―・い恋」
2. 不確実であったり見込みがなかったりして、頼りにならないさま。
「―・い望み」
3. めどがつかない。見通しがはっきりしない。
「大空も雲のかけはしなくばこそ通ふ―・き嘆きをもせめ」〈かげろふ・下〉
4. 甲斐がない。無駄である。
「行く水に数書くよりも―・きは思はぬ人を思ふなりけり」〈古今・恋一〉
5. 取り立てていうほどではない。取るに足りない。
「―・くうち使ふ調度なども」〈宇津保・俊蔭〉
6. 思慮分別が足りない。未熟である。また、愚かである。
「人々の花蝶やとめづるこそ―・くあやしけれ」〈堤・虫めづる姫君〉
7. 粗末である。みすぼらしい。
「―・き単衣の萎えたるを着たるに」〈宇津保・俊蔭〉
● 等活地獄(とうかつじごく)
仏語。八大地獄の第一。殺生を犯した者が落ちるとされ、獄卒の鉄棒や
刀で肉体を寸断されて死ぬが、涼風が吹いてくるとまた生き返り、同じ
責め苦にあうという。
● 有情(うじょう)
仏語。感情や意識など、心の動きを有するもの。
● 輪廻(りんね)
仏語。生ある者が迷妄に満ちた生死を絶え間なく繰り返すこと。
インドにおいて業 (ごう) の思想と一体となって発達した考え。
流転。転生。輪転。「六道に輪廻する」
● 修羅場(しゅらば)
血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所。
しゅらじょう。「修羅場をくぐりぬける」
● 解脱(げだつ)
悩みや迷いなど煩悩 (ぼんのう) の束縛から解き放たれて、自由の境地に
到達すること。悟ること。涅槃 (ねはん) 。「解脱の境地」「煩悩を解脱する」
● 未来永劫(みらいえいごう)
これから先、無限に長い年月にわたること。みらいようごう。
「戦争の苦しみを未来永劫忘れない」
● 煩悩(ぼんのう)
仏語。身心を悩まし苦しめ、煩わせ、けがす精神作用。
貪 (とん) ・瞋 (しん) ・痴 (ち) は根元的な煩悩として三毒という。染。
結。垢 (く) 。「煩悩にさいなまれる」「煩悩を解脱する」
いかがでしたでしょうか。
私は、時間をかけて少しでも理解したいと思います。
なお、私は「人間は死んでも生まれ変わる」、つまり「輪廻転生」を
信じています。そして、「六道」の人間の世界を望んでいます。
● 輪廻転生とは、人が何度も生死を繰り返し、新しい生命に生まれ変わる
ことを意味します。 … 輪廻転生では、必ずしも人に生まれ変われるという
わけではありません。 生まれ変わる世界は、6つの世界に分けられています。
その世界は、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の6つで総称して
「六道」と呼ばれています。
2021.6.13
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美