田中角栄「上司の心得」㉘
・勝負を分ける「不退転の決意」
商談などの交渉事で成果を出し、部下に「なるほど凄腕の上司だ」と
思わせるには、これまでに触れた以外にも、いくつかの心得が必要と
なる。
その一つが、必ず〝落とし所に落とす〟という不退転の決意、そのエネ
ルギーのほとばしりの有無である。相手がビビリそうな、迫力ということ
でもある。
田中角栄のその迫力の凄マジさについて、田中派当時の二人の代議士の
証言が残っている。
「オヤジさん(田中)のそばにいると安心するなんていうヤツがいるが、
これはウソだ。そりゃあ、おっかない。怒るときの声は、部屋の窓ガラスが
ビンビン揺れるような感じがする。何か言い返そう、反発しようなんて
いうそれまでの気力はまったくなくなってしまう。
しかし、話の筋は通っているし、学ぶことは多いから、皆、うずくまった
感じで聞き入る形になる。結局、上に立つ人間は優しいだけではダメで、
むしろ恐ろしいと思わせる部分を残していてちょうどいい。
いざというとき、部下を動かせるのはこういうタイプのリーダーだ。
オヤジさんからは、とくに『畏怖』ということを学んだ。
政治家のやり取り、交渉事も、畏怖で優ったほうが主導権を握る形に
なるのが常だ」(渡部恒三・元衆院副議長)
「田中先生が『昇り龍』とも言われた幹事長時代の、こんな思い出が
ある。国会内の幹事長室は、まず樫の扉を開けると秘書室があり、その
後ろの樫の扉を開けると幹事長の執務室に通じている。
その幹事長室にちょうど私が入っていったとき、とんでもない物凄い大声が
した。『おーいッ、お茶だ』と。もとより、田中先生の声だが、私は
あまりの大声にビックリして思わず跳び上がった。耳の鼓膜がキイーンと
鳴ったものだ。まぁ、ひとしきり先生の説教を聞いて幹事長執務室から出、
秘書たちと雑談していると、こんどは二度ビックリだった。バーン。
樫の扉を破らんばかりの音をさせて、先生が出てきた。
『行くぞッ』の大声とともにです。そのとき、秘書の一人が『幹事長、
いま文部大臣がお見えになるんです』と声をかけた。
『どこから来るんだ』と、田中先生。秘書が『議員会館からです』と
答えると、『そんなもの、おまえ待っていられるかッ』と、ダットの
ごとく出て行ってしまった。たった一瞬が、まるで嵐の中に巻き込まれた
ような長い時間に思えた。
昇り坂の人間が吐き出す特有のエネルギーとは、まさにこれなのかと
思った。迫力とはこういうものかと、初めて知ったということです」
(中西啓介・元防衛庁長官)
● 成果
あることをして得られたよい結果。「研究の成果」「成果をあげる」
● 凄腕
普通にはできないようなことをやってのける手腕。また、その手腕の持ち主。
● 手腕
物事をうまく処理していく能力。腕まえ。
「手腕を買われる」「政治的手腕」
● 心得
1. 理解していること。また、理解してとりはからうこと。
「心得のある処置」
2. 常に心がけていなければならないこと。心構え。
「日ごろの心得がよくない」
3. 技芸を身につけていること。たしなみ。「茶の湯の心得がある」
4. ある事をするにあたって注意し、守るべき事柄。
「接客の心得」「冬山登山の心得」
5. 下級の者が上級の役職を代理または補佐するときの職名。
「課長心得」
● 落としどころ
「落としどころ」は、話し合いなどでお互いが譲り合って、お互いに納得の
できる結論に持っていくということですので、ビジネスシーンでは非常に
よく使われます。
● 不退転
信念を持ち、何事にも屈しないこと。「不退転の決意」
● 有無
1. あることとないこと。あるなし。「在庫の有無を問い合わせる」
2. 承諾することと断ること。承知と不承知。
「事ここに立ち至ればもはや有無はあるまい」
3. 仏語。存在するものと存在しないもの。また、存在することと
存在しないこと。
●畏怖
おそれおののくこと。「畏怖の念を抱く」「神を畏怖する」
● 昇り龍
天に向かって上昇している竜。転じて、勇壮果敢で勢い付いている
● 勇壮果敢(ゆうもうかたん)
勇ましく強く物事を行うさま、強い決断力を持って事に当たるさま、
などの意味の表現。「勇猛」も「果敢」も強く勇ましいさまなどを
意味する表現。
この続きは、次回に。