お問い合せ

田中角栄「上司の心得」㉙

● 親分・佐藤栄作に一歩も引かず

 

田中における不退転の決意、迫力に満ちた交渉例は、昭和44(1969)年春の、

佐藤栄作首相との間で交わされた自らの「新幹線9000キロ構想」を巡る

激論にも見ることができる。時に、田中は3期目の幹事長であり、佐藤は

また長期政権をバク進中で、自らの政権および政策運営には自信満々だった。

一方の田中は、佐藤派の幹部ではあったが佐藤との関係は〝親分・子分〟の

それであり、田中としてはそうした中でも一歩も譲らぬ対峙だったので

ある。さて、田中はすでに、運輸省(現・国土交通省)とすり合わせて以後

5年間の総予算11兆3000億円の「新幹線鉄道整備計画要綱」をつくり上げて

いたが、これを持って首相官邸に乗り込んだのだった。

佐藤はそれまでも、一貫してこの「新幹線9000キロ構想」には極めて

消極的だった首相。田中はこうした〝親分〟に対し、眼光鋭く最終決断を

迫ったのだった。

この際の佐藤と田中のやり取りは、次のような激論となった。

「君の新幹線にタヌキを乗せるつもりか。赤字は必至だ。どうするのか」

「総理、この運輸省案には各省とも了承しています」

「何を言うか。政府はこのオレだッ」

佐藤は運輸省の前身、鉄道省から政界入りをしている。ために、運輸省には

絶対的な影響力があっただけに、運輸省の〝弱腰〟を嘆く一方で、赤字

路線となることへの憂慮を示したのだった。その背景には、田中がこうした

雄大にして骨太の政策推進を実現した場合、さらに力をつけた形となり、

自分の足元をおびやかしかねないことへの警戒心も、またあったという

ことでもあった。

じつは、運輸省は当初この田中の構想では佐藤首相がウンと言うわけは

なしとみて、「9000キロ」を「3500キロ」に縮小した案をつくっていた

のだが、田中はこれを一蹴、日本全国の格差是正の必要性を説き、ついには

運輸官僚を屈服させてしまったということが、背景にあった。

「次官、局長らの運輸官僚たちの前で、運輸省案に対して田中はこう迫った。

『ダメだ、こんなものでは。9000キロで行けッ』と。あまりの田中の

迫力に、運輸官僚はグウの音も出ず、結局は9000キロ案を了承させられて

しまったということだった」田中はすでに、各省への説得はもとより、

自民党内への根回しも済ませており、結局は佐藤も田中のこの構想を

のむしかなかった。田中のこうした交渉術は、単にガムシャラな不退転の

決意、迫力といったものだけでなく、根回しなど万全の態勢を敷いた

うえでのそれだったことも知る必要がある。

ビジネスマン諸君も、「まあまあ、このあたりで落とし所となれば

上々」などとして交渉事に臨んでいるようでは、大きな勝利を得ることは

ないということである。ちなみに、田中が首相の座に就く直前、田中と

親しかった政治部記者はこう言っていた。

「田中はいざ勝負に出るときは、まるで手負いの獅子状態になる。凄まじい

迫力が顔だけでなく、全身から〝気〟みたいなものになってほとばしる。

だから、一部には『田中は〝気〟で勝負する政治家だ』との声も出ていた。

加えて、『腐っている橋を渡っても、橋はワシが渡ったあとに落ちる』と

豪語するだけに、常に絶対の自信めいたものが漂っていたから、会った

人間のほとんどが田中に〝吸引〟されてしまうことになるワケです」

余人が近寄れぬ「天賦の才」の交渉力を秘めていた田中であった。

 

● 対峙

 

1. 山などが、向かい合ってそびえること。「谷を隔てて対峙する岩峰」

2. 対立する者どうしが、にらみ合ったままじっと動かずにいること。

 「橋を挟んで両軍が対峙する」

 

● 眼光

 

1. 物をじっと見つめるときなどの、目の光。目の輝き。

   「眼光鋭く人を射すくめる」

2. 物事の真意を見通す力。観察力。眼力 (がんりき) 。

 

● 弱腰

 

1. 腰のいくらか細くなっている部分で、帯を締めるところ。

  「消えそうな―に、裾模様が軽 (かろ) く靡 (なび) いて」

    〈鏡花・眉かくしの霊〉

2. 相手に対して向かっていく態度の弱気なこと。意気地のない、消極的な

     態度をとること。また、そのさま。「交渉に弱腰になる」⇔強腰

 

● 憂慮

 

心配すること。思いわずらうこと。「憂慮に堪えない」「事態を憂慮する」

 

● 背景

 

1. 絵画や写真などで、主要題材を引き立たせる背後の光景。後景。バック。

2. 舞台の後方を仕切る絵。書き割り。

3. 物事の背後にある事情。また、裏から支える勢力。「事件の政治的背景」

 

● 雄大

 

規模が大きく堂々としていること。また、そのさま。

「雄大な景観」「雄大な計画」

 

● 骨太

 

1. 骨が太いこと。骨格のがっしりしていること。また、そのさま。

   「骨太な(の)からだ」⇔骨細

2. 基本や根幹がしっかりしていること。構成などが荒削りだが、がっしりと

     していること。また、そのさま。「骨太の改革案」「骨太のドラマ」

 

● 一蹴

 

1.  けとばすこと。

2. 「追いすがろうとする猪熊の爺 (おじ) を、太郎が再び―して、灰の

      中に倒した時には」〈芥川・偸盗〉

3. すげなくはねつけること。「抗議を一蹴する」

4. 簡単に相手を負かすこと。「挑戦者を一蹴する」

 

● 格差是正

 

2者間で生じている水準差異正すこと、差異正し格差をなくす

ことを意味する語。社会的格差選挙における1票の格差などについて

いられることが多い。

 

● 根回し

 

交渉や会議などで、事をうまく運ぶために、あらかじめ手を打って

おくこと。下工作。「しかるべき部署に根回しする」

 

● 手負いの獅子

 

手負いの獣」とはケガをした動物のことです。 「手負い獅子」や

手負い猪」とも書かれますね。 現代では動物に使うよりも追い詰め

られて必死に抵抗する人の心理状態を表す言葉として使われています。2019/07/

 

● 吸引

 

1. 吸い込むこと。吸いつけること。「機械で吸引する」「吸引力」

2. 客などを引き寄せること。「若者を吸引する魅力」

 

● 余人

 

1. 当事者以外の人。また、ほかの人。よにん。

  「余人を交えずに話す」「余人をもっては代えがたい」

2. あまりの人。残りの人。

 

● 天賦の才

 

生まれながらにして備え持っている才能。 天から与えられた才能

 

 

この続きは、次回に。

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