田中角栄「上司の心得」㊳
「脳のモーター」をフル回転させているかどうか
しかし、この決着の裏には、田中のとてつもない「発想の転換」が潜んで
おり、それが明らかになると、新潟県民は一変して田中に大拍手。
地元に多大な利益をもたらしたとして、地元側は〝報恩〟として選挙で
これに応えることになるのである。
田中の選挙基盤がようやく固まりだしたのは、この只見川騒動を経た
あたりからだったのである。さて、ここでの田中の「発想の転換」とは、
〝水〟で争いながら、じつは〝道路〟という膨大な付加価値の算盤を
弾いていたということだった。驚くべき、次のような発想であった。
新潟県への分流工事には、ダム建設の必要がある。
これには、山をぶち抜き、砂利などを運ぶ工事用の専用道路が必要となる。
この道路については、政府出資の電源開発株式会社がつくってくれる。
のちに、田中の中選挙区時代の選挙区<新潟3区>内に張り巡らされた
〝史上最強〟の後援会「越山会」最高幹部の一人が、その先を読む田中の
発想の凄さを、こう語ってくれたものだった。
「電源開発がつくってくれた工事用の専用道路、豪雪地帯ゆえの除雪、
トンネルの補修なども、みな公共事業でやってもらえる。
一方、電源開発もダムができてしまえば、もはや工事用専用道路は不要と
なるワケだ。
田中のすごいところは、次のこの不要となった道路の新潟県への払い下げを
持ちかけたことにある。さらに、払い下げられたあと、田中はこの道路を
県道に編入させた。これで補修も、全部、県が面倒をみてくれる形となった。
また、一方でこの補修の仕事は地元の土建業者を潤すことにもなり、
選挙区の土建業者は一挙に〝田中支持〟となった」
かく、田中の発想は、一石二鳥を遥かに超えた〝一石五鳥〟と言えるもので
あった。田中はよく、田中派の若手議員にこう言っていたものだった。
「人間の脳は、数多いモーターの集まりだ。ふつうの人間は、その中の
10個か15個を回していれば生きていける。しかし、努力すれば、モーターは
何百個、何千個と動かすことが可能だ。フル回転させてみろ。ただし、
ボーッとしていては動かない。勉強、勉強だ。勉強をしている中で、
発想は次々に出てくる。それに、尽きる。あとは、ない」
「発想の転換」の極意を、田中はそう教えている。
● 発想の転換
考えやものの見方の角度を変えること、別の観点から見ること、あるいは
新しい見方をすることなどを意味する表現。
● 報恩
1. 恩にむくいること。恩返し。
2. 仏・祖師などの恩に感じて仏事・布施などを行うこと。
● 編入
すでにできている組織や団体の中に途中から組み入れること。
「町が隣の市に編入される」「編入試験」
● 一石二鳥
一つのことをして、二つの利益を得るたとえ。一つの行為や苦労で、
二つの目的を同時に果たすたとえ。一つの石を投げて、二羽の鳥を
同時に捕らえる意から。▽今では、ここから「一石三鳥」「一石四鳥」
などという語も使われる。
この続きは、次回に。