「人を動かす人」になれ! ㊿+43
98.人に嫌われたくないという本能を捨てろ!
父はわたしが中学二年生のときに亡くなったが、母は現在九五歳で健在で
ある。少し血圧が高いものの、まだまだかくしゃくとしている。
本人はあまり気にしている風ではないが、血圧が少し高いことに周囲は
かなり気をつかっている。先日、父の墓参りからの帰り、久しぶりに親戚
一同が集まって一緒に昼ご飯を食べた。
母の横に七○歳になる長兄が座り、わたしの席はその前だった。
みんなでワイワイいいながら、楽しく食事をしていたのだが、そのとき
「漬物だけはやめとけ」という兄の鋭い声がした。見ると、兄は母のハシを
持つ手を握って、その先にあるタクアンを元の皿に戻させようとしている。
このとき、わたしの脳裏に一瞬よぎったのは、血圧の高い母親に「漬物を
食べるな」と手を押さえるのと、好物なのだからと見て見ない振りをする
のとどちらが本当の愛情なのか、ということだった。
答えはすぐに出た。わたしは、いつも兄と同じ気持ちで社員に接してきた
ではないか。何をいまさら考える必要があるのか、と。
他人がこの光景を見れば、好物の漬物の一切や二切食べさせてやれば
と、恐らく思うだろう。しかし、母親に一日でも長生きしてもらいたいと
考えている子供の立場になれば、手を押さえてでも止める。
人を育てるのは相当に骨が折れる。しかし、人をつぶすことは簡単に
できる。
以前に「褒め殺し」という言葉がマスコミで使われたことがあった。
辞書を引いてもこんな言葉は見つからないが、わたしはいい得て妙だと
感心させられてしまった。部下でも、上司でも、わが子であっても、人を
ダメにするのは実に簡単だ。相手を徹底的に甘やかせばよいのである。
上司が相手なら、指示や命令には「ハイハイ」と従順に従い、とことん
おだて上げてゴマをする。何人かの部下が結託してこれをやると、一年
経つか経たないうちに九○パーセントの上司はダメになってしまう。
周囲にイエスマンばかりを集めた経営者が会社を潰したというような話は、
それこそ世間には腐るほどある。
「厳しさのなかにこそ、より深い愛情がある」
こうした理屈は頭では理解できても、実行に移すとなると勇気がいる。
人間は誰もが人に嫌われたくないという本能を持っているからだ。
その本能に打ち勝って、まず自分に厳しく、そして部下も厳しく鍛え
上げることができる人間こそが真のリーダーになれると思う。
● 褒め殺し
いやみになるほどほめ立てること。必要以上にほめちぎることで、
かえって相手をひやかしたりけなしたりすること。
● いい得て妙
言い得て妙(いいえてみょう)とは、「巧みな表現で的確に言い表して
いる」ことを意味する表現であり、「まさにぴったりな表現だ」「うまい
こと言うものだ」という趣旨を表す定型的な言い回しである。
● 従順
性質・態度などがすなおで、人に逆らわないこと。
おとなしくて人の言うことをよく聞くこと。また、そのさま。
「権力には―である」「―な部下」
● 結託
互いに心を通じて事を行うこと。示し合わせてぐるになること。
「業者と―して私腹をこやす」
この続きは、次回に。