「道をひらく」松下幸之助 ⑦
・若葉の峠
峠から峠に移る旅路かな——いつ聞いたのか、どこで読んだのか、
もうすっかり忘れてしまったが、この言葉だけは今も忘れずに、時折の
感慨にフト頭をかすめてゆく。
一つの峠を越えてホッと息をついたら、また次の峠が控えていて、その
峠を越えると、やっぱり次にまた峠がつづいていて、だからとめども
なく峠がつづいて、果てしもない旅路である。
これもまた人生の一つの真実である。真実であるかぎり、これは誰も
避けられない。避けられなければ、やはりただ懸命に歩むほかないで
あろう。
高い峠、低い峠、荒れた峠、のんびりした峠、さまざまの起伏の中に、
さまざまな人生が織りこまれて、それで一筋の歩みのあとがついてゆく。
ときには雨に降られ、風に吹かれ、難渋の重い足を引きずらねばなら
ぬこともあろうが、また思わぬ暖かい日射しに、チチと鳴く小鳥の声を
なつかしむこともあろう。
それでも元気で懸命に、越えられるだけの峠を越え、歩めるだけの
旅路を歩みたい。
若葉の峠に、また新しい意欲をおぼえるのである。
● 感慨
心に深く感じて、しみじみとした気持ちになること。
また、その気持ち。「―にひたる」「―を込めて歌う」
● 難渋
1. 物事の処置や進行がむずかしくてすらすらいかないこと。
また、そのさま。「交渉は―している」
「風俗史を編成すること頗る―なる業なるのみか」〈逍遥・小説神髄〉
2. 困ること。もてあますこと。また、そのさま。
「泥道を歩くのに―する」「脚に―な腫物があった」〈鏡花・高野聖〉
この続きは、次回に。