続「道をひらく」松下幸之助 ⑱
・浩然と歩む
若いうちから老成ぶるな、という言葉がある。そのことのよしあしは
別として、一応素直にこの言葉を受け取れば。若いうちにあまり悟り
めいた境地に立つと、その人間は伸びるどころか、かえって萎縮する
ということになる。自らの思考力も人生の経験も、まだ未熟なままに
老成ぶり落ち着き払ってしまうと、青い果実が熟せぬままに地に落ち
るのと同じ姿になるというのである。
しかしよく考えてみれば、これは単に個人に対する戒めとなるばかり
ではない。人類を全体として考えた場合にも、大きな示唆を与えるの
ではなかろうか。
たしかに人類の歴史は古い。有史以来四千年と言われ五千年とも言わ
れる。その間の幾多の先人の歩み、それは血のにじむ足跡であり、今日、
生を享けるわれわれとしては、敬虔な気持ちでこれに対さなければなら
ないであろう。
だが人類はこれから先ほどの生存をつづけてゆくであろう。個人は滅び
ても、人類は滅びぬ。地球の寿命と共に、恐らく、何十万年、何百万年
の生命を保ってゆくにちがいない。
そうとすれば、われわれ人類の生命はまだまだ若い。そして、この若さ
のままに、老成ぶり固定してしまうことは、人類の進歩を妨げるものと
言わなければなるまい。まだ若いのである。まだ多くの希望と未熟さを
持っていいのである。われわれは、先人の教えに敬虔であると共に、
また柔軟で野放図な一面をも失ってはならない。面をあげ、浩然と繁栄
への道を歩みたいものである。
● 老成ぶるな
その道で多くの経験を積み、物事を巧みにこなすこと。 また、その
さま。
● 敬虔
うやまいつつしむこと。特に、神仏に深く帰依してうやまいつかえる
こと。また、そのさま。
● 野放図
1. 人を人とも思わないずうずうしい態度。横柄なこと。また、そのさま。
傍若無人。「―な性格」「―にふるまう」
2. 際限のないこと。しまりがないこと。また、そのさま。
「―な暮らし」「―に金を使う」
● 浩然
《「浩」は水が豊かなさま》心などが広くゆったりとしているさま。
「―として天を仰ぐ」
この続きは、次回に。