続「道をひらく」松下幸之助 ㊶
○ 文月(ふみづき)
● 夏
夏は夏であってほしい。めくるめくような太陽の下で、ぬぐえどもぬ
ぐえども汗が流れおちて、裸になってもまだ暑くて、どうにもこうに
もしようがなくて、ただ水をのみ、ただ耐える。それでも夏は夏で
あってほしい。その夏があればこそ、稔りの秋もやってくる。
人間には耐え切れない夏であっても、自然はその夏に耐えて、大地に
しっかり根をはり、暑さのなかからエネルギーを吸収しつつ、稔りの
力を蓄える。夏が夏でなくなったら、秋も秋でなくなって、稔りの喜び
は得られない。夏は夏であってほしいのである。暑い夏であってほしい
のである。
人の歩みの山坂。汗をふきふきあえぎのぼる。苦しくても、どうしよ
うもなくても、この山坂だけはやっぱりのぼらねばならぬ。そのなか
から、人生の稔りの力が蓄えられてくる。それはエネルギーの消耗の
ようにも見えるが、本当はその間に、偉大なエネルギーが蓄えられて
くるのである。
涼しい山坂も結構だが、やっぱり山坂には汗がほしいような気もする。
時に耐え切れないような山坂があってもいいような気もする。
夏が夏であってほしいように。
● 雲
雲。早くおそく、大きく小さく、白く淡く、高く低く、ひとときも同じ
姿を保ってはいない。
崩れるが如く崩れざるが如く、一瞬一瞬その形を変えて、青い夏の空の
中ほどを、さまざまに流れゆく。
これはまさに、人の心、人のさだめに似ていると言えよう。人の心は
日に日に変わっていく。そして、人の境遇もまた、昨日ときょうは同じ
ではないのである。
明暗さまざまに織りなして、刻々に移りゆく人の世のさだめに、人は
喜びもし、嘆きもするのである。
喜びもよし、悲しみもまたよし。人の世は雲の流れの如く刻々に移り
かわる。
そう思い定めれば、あるいは人の心の乱れも、幾分かはおさまるかも
しれない。
そして、喜べども有頂天にならず、悲しめどもいたずらに絶望せず、
こんな心境のもとに、人それぞれに、それぞれのつとめを、素直に
謙虚にそして真剣に果たすならば、そこにまた、人生の妙味も味わえ
てくるのである。
この続きは、次回に。