続「道をひらく」松下幸之助 ㊺
○ 葉月(はづき)
● 汗
夏。汗が流れる。身体を横にしても、なおやり切れないほどのこのだ
るさ。そんななかで、真っ黒になった若人たちが、懸命に野球にうち
こむ。夏の高校野球。
照りつける太陽。舞いあがる土ぼこり。とめどもなく吹き出す汗。
その汗をぬぐいもやらず、時には感激の涙すら浮かべて、走る、走る。
その一瞬一瞬に、りくつをぬきにした生き甲斐があふれている。
喜びがあふれている。
暑い。その暑さに耐えて、一日の働きが終わる。困難な仕事で、だから
緊張の連続ではあったけれど、ともかくもやり通して、一風呂浴びる
この爽快さ。
われとわが頭を撫で、わが身わが心根をいとおしみたいようなこの喜び、
この生き甲斐。
夏は、人間としての生き甲斐を生き生きと味わわせてくれる季節でも
ある。
そして、耐えることのなかから、真の生き甲斐というものが生まれ出て
くることを、身をもって教えられる季節でもある。
ゆたかな日本の四季の、ゆたかな夏のこの味わいである。
● 心根
心の奥底。本当の心。真情。本性。「―を推し量る」「―は優しい人だ」
● 押しやる
タライのなかの水を、手で向こうに押しやっても、すぐにまた左右から
水が寄ってくる。
押しやっても押しやっても、手もとの水はなくならない。いたずらに
波立つだけで、やっぱり水は手もとに戻ってくる。あきらめて手を休め
たら、タライの水はゆったりと静まる。
この世の中、いやなことはいっぱいあるし、自分にとっていやな人も
たくさんいる。だから、ついそれらを向こうに押しやって、自分のま
わりから遠ざけたいと思うのだが、一つ押しやっても、また新たない
やなことが起こってくるし、押しやったと思ったいやな人が、知らぬ
まにまた自分のまわりに寄りそってくる。もがいてもあがいても、
やっぱりもとのままである。
人間の道は排除の道ではない。お互いにタライのなかに相集うて暮ら
しているのである。押しやっても押しやれるものではない。
だからいたずらにもがきあがくよりも、寄りそうもよし、寄りそわざ
るもよし、これも何かの縁と心を定めて、あるがままを承認し、ある
がままに受け入れるほかない。そこにおのずから調和が生まれ、自他
共に生きる道が、ムリなくひらけてくるのであろう。
この続きは、次回に。