続「道をひらく」松下幸之助 ㊾
● しばし待て
暑くて汗が流れて、からだのなかに熱がこもってきて、だから何となく
イライラしてきて、無性に腹が立ってくる。ちょっとしたことにも人が
にくらしくなって、人の欠点ばかり眼について、あいつも悪いし、こい
つも悪い、正しいのは自分だけで、信じられる人間は自分以外だれも
いない。そんな不信の渦のなかでキリキリ舞いをしながら、八つ当たり
に当たる。そのうちに何が何だかわからなくなって、自分すらも信じ
られなくなって、まことに空しい真夏の狂乱状態と言おうか。
だがしばし待て。しばし耐えよ。いつまでも暑くはない。絶望にも思え
るほどのこの暑さも、いましばしである。その極限を超えたとき、涼風
が吹きはじめる。汗も引く。
そして、さわやかな夜空に月ものぼる。人にもわれにも静思の秋がくる
のである。いかなる事態にも、わが心を失うまい。静思を失うまい。
そして、わがなすべきつとめを見失うまい。不信の刃で、わが心を傷
つけることなく、誇り高く進みたい。世の乱れが、どんなに果てしなく
見えるようとも。
■ 静思(せいし)
静かに思いをめぐらすこと。「自室でひとり―する」
● たしかめる
自分の目で見、自分の手でたしかめる—-これほどたしかなことはない
けれど、ともすればお互いに、自分の目でとどく範囲、手にふれる範囲
のたしかさにとらわれて、これがすべてなり、これがまさに〝世界〟
なりと速断しがちである。
目で見、手でたしかめるたしかさにはまちがいがない。しかし、自分の
目のとどかないところ、手にふれえないところにも、さまざまの人が
いてさまざまの考えを持ち、さまざまのものがあって、さまざまの働き
をしている。
これもまたまちがいのない〝世界〟なのである。
そうとすれば、お互いに今すこし謙虚でありたい。すくなくとも、自分
の目と手のワクを越えた〝世界〟に対して、謙虚に耳を傾け、これを
吸収する柔軟な心を持ちたい。これがすなわち自分をひらくことで、
同時にまた人をひらき、国をひらき、世界をひらく道にも通じてくる
のである。
果てしない対立に激動する昨今、真の進歩と調和を生み出すために、
お互いに〝たしか〟と思っていることを、もう一度たしかめあってみ
たいものである。
■ 速断
2. 早まった判断をすること。「一面だけを見て―するのは危険だ」
この続きは、次回に。