Think clearly シンク・クリアリー ㊴-2
□ 宝くじが当たっても「六か月」で幸福感は消滅する
第10章で見てきたように、人生における幸運に対して、私たちが持つべきは、「感謝」の
気持ちだ。
なかでも、私たちが「現在の恵まれた状況に生まれついた幸運」に対しては、特に感謝
したほうがいい。ほぼどの自己啓発書でも、毎晩自分の人生のポジティブな面をはっき
りと認識し、感謝するようすすめられている。
だが感謝するにも、問題がふたつある。まず、「誰に」感謝をすればいいのだろう?
信心深い人以外は、感謝の気持ちを向ける相手がいない。
もうひとつの問題は、「慣れ」だ。人間の脳は変化に敏感に反応するが、慣れるのも
早い。
「慣れ」は、大きな災難が降りかかったときには役に立つ。誰かが自分のもとを去ったり、
事故で車椅子が手放せない生活になったりしても、私たちはじきに慣れてしまうため、
悲しみは思うほど長くは続かない。心理学者のダニエル・ギルバードは、これを「心理
的免疫システム」と呼んでいる。
しかし困ったことに、「心理的免疫システム」は、人生で起きるすばらしい出来事に
対しても作用する。宝くじで高額賞金を獲得しても、六か月もすれば幸福感は消滅して
しまう。子どもが生まれても、新しい家を買っても、やはり同じことが起きる。
人生におけるポジテイブなことの99パーセントは「新しく起きる出来事」ではなく、
「ある程度長期にわたって続く一定の状態」であるため、そのことで最初に感じた
幸せは「慣れ」によって消えてしまうのだ。
感謝の気持ちの維持は、「慣れ」との闘いになる。人生のすばらしい面を強調して
際立たせなければ感謝の気持ちは続かない。
だが残念ながら、私たちはそんな精神的な強調にすら慣れてしまう。
そのため、「毎晩、人生のポジティブな面をひと通り思い浮かべている人」は、
「ポジティブな面を意識する回数がより少ない人」より、その行為によって得られる
幸福感は、薄くなる。矛盾しているようだが、「慣れ」による感情の平均化の作用を
考えれば、当然の結果ともいえる。
□ 「銀メダリスト」の幸福度が低いのはなぜか?
感謝の気持ちを維持する際の難点である、感謝を向ける「相手」と「慣れ」だが、これ
らに関しては、よい知らせもひとつある。「心の引き算」は、これらの難点とは無縁だ
ということだ。
「心の引き算」は脳に非常に大きな興奮を与えるため、慣れるということはない。
人生で起きたすばらしい出来事についてただ考えるより、「心の引き算」のほうが
幸福度を上げる効果がはるかに高い。
これは、アメリカ人の心理学者、ダニエル・ギルバードとティモシー・ウィルソンが
同僚とともに行ったさまざまな研究でも証明されている。
ストア派の哲学者たちは、すでに二○○○年も前にこう述べている。「まだ持っていない
ものについて考えるよりも、いま持っているものを持てていなかった場合、どのくらい
困っていたかについて考えたほうがいい」。
あなたはいま、選手としてオリンピックに参加しているとしよう。コンディションは
最高で、メダルまで手が届きそうだ。
あなたの幸福度が高くなるのは、銀メダルを獲得できたときだろうか、それとも銅メダ
ルを獲得できたときだろうか? もちろん銀メダル、とあなたは答えるだろう。
だが、一九九二年のバルセロナオリンピック開催中、メダリストを対象に行われた調査
研究の結果は反対だった。
「銀メダル」を獲得したメダリストは、「同メダル」を獲得したメダリストより、幸福
度が低かったのだ。
どうしてだろう? なぜなら銀メダリストは、自分を金メダリストと比較し、銅メダ
リストは自分をメダルに届かなかった選手と比較したからだ。
もし彼らが「心の引き算」をしていたら、このような結果にはならなかっただろう。
「心の引き算」なら、比較の対象は常に「メダルを獲得できなかった場合」だ。
もちろん、メダルを何か別のものに置き換えても「心の引き算」は有効である。
「私たちはたいてい、自分が手にしている幸せには気づかない」と心理学者のポール・
ドーランは書いてある。
「自分の幸せを自覚するために、できることはしたほうがいい。ピアノを弾いている
のに、その音が聞こえない状態を想像してみるといい。人生で手にしている多くの幸せ
に気づかずにいるのは、音を聞かずにピアノを弾いているようなものだ」。
だが「心の引き算」をすれば、あなたはピアノの音も思う存分楽しめるようになるはず
である。
この続きは、次回に。
2025年1月15日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美