「D・カーネギー 人を動かす」⑪
5. 〝イエス〟と答えられる問題を選ぶ
● 人と話をする時、意見の異なる問題をはじめに取り上げてはならない。
まず、意見が一致している問題からはじめ、それを絶えず強調しながら
話を進める。互いに同一の目的に向かって努力しているのだということを、
相手に理解させるようにし、違いはただその方法だけだと強調するので
ある。最初は、相手に〝イエス〟と言わせるような問題ばかりを取り上げ、
できるだけ〝ノー〟と言わせないようにしておく。
● オーヴァストリート教授はこう言っている—–
「相手にいったん〝ノー〟と言わせると、それを引っ込めさせるのは、
なかなか容易なことではない。〝ノー〟と言った以上、それをひるがえす
のは、自尊心が許さない。〝ノー〟と言ってしまって、後悔する場合も
あるかもしれないが、たとえそうなっても、自尊心を傷つけるわけには
いかない。言い出した以上、あくまでそれに固執する。だから、初めから
〝イエス〟と言わせる方向に話をもっていくことが、非常に大切なのだ」
● 話上手な人は、まず相手に何度も〝イエス〟と言わせておく。すると、
相手の心理は肯定的な方向へ動きはじめる。これはちょうど、玉突きの
玉がある方向へ転がり出したようなもので、その方向をそらせるには、
かなりの力がいる。反対の方向にはね返すためには、それよりもはるかに
大きな力がいる。こういう心理の動きは、きわめてはっきりした形をとる。
人間が本気になって〝ノー〟と言う時には、単にその言葉を口にする
だけでなく、同時にさまざまなことをやっているのだ。
各種の分泌線、神経、筋肉などの全組織を挙げて、一斉に拒否体制を
固める。そしてたいていの場合、ごくわずかだが、あとずさりをするか、
ないしはあとずさりをする準備をする。
時によると、それがはっきりわかる程度の大きな動作として現れることも
ある。つまり、神経と筋肉の全組織が拒否の体勢をとるのだ。
ところが、〝イエス〟と言う場合には、こういう現象はまったく起こらない。
体の組織が、進んで物事を受け入れようとする体勢になる。それゆえに、
はじめに〝イエス〟と多く言わせれば言わせるほど、相手をこちらの体勢に
なる。それゆえに、はじめに〝イエス〟と多く言わせるほど、相手を
こちらの思うところへ引っ張っていくことが容易になる。
人に〝イエス〟と言わせるこの技術は、きわめて簡単だ。それでいて、
この簡単な技術が、あまり用いられていない。
頭から反対することによって、自己の重要感を満たしているのかと思われる
ような人がよくいる。生徒にしろ、顧客にしろ、その他、自分の子供、
夫、あるいは妻にしても、はじめに〝ノー〟と言わせてしまうと、それを
〝イエス〟に変えさせるには、大変な知恵と忍耐がいる。
● 人類の思想に大変革をもたらしたアテネの哲人ソクラテスは、人を説得する
ことにかけては古今を通じての第一人者である。
ソクラテスは、相手の誤りを指摘するようなことは、決してやらなかった。
いわゆる〝ソクラテス式問答法〟で、相手から〝イエス〟と言う答えを
引き出すことを主眼としていた。まず、相手が〝イエス〟と言わざるを
えない質問をする。次の質問でもまた〝イエス〟と言わせ、次から次へと、
〝イエス〟を重ねて言わせる。相手が気づいた時には、最初に否定していた
問題に対して、いつの間にか〝イエス〟と答えてしまっているのだ。
相手の誤りを指摘したくなったら、ソクラテスのことを思い出して、
相手に〝イエス〟と言わせてみることだ。
中国の古いことわざに〝柔よく剛を制す〟というのがある。
五千年の歴史を持つ民族に相応強い名言ではないか。
【人を説得する原則⑤】
相手が即座に〝イエス〟と答える問題を選ぶ。
この続きは、次回に。