田中角栄「上司の心得」⑭
● 上司の致命傷は、「指示のブレと前言撤回」の二つ
ビジネスマンに対する「最も嫌いな上司」アンケートで、常に〝上位〟に
くる回答は、「責任を取らない」だが、その一方で、「指示がコロコロ
変わり、前言撤回が多い」という回答もよく見られる。
責任を取らないのは論外だが、指示のブレ、前言撤回も上司としての
求心力を大きく失わされる結果となるから要注意だ。
その意味では、指示のブレも含め、物事の曖昧さを最も嫌ったのが田中
角栄であった。田中自身が、こう言っている。
「私は陳情あるいは他の頼まれ事でも、即断でイエス、ノーを出す。
保留の類いは、まずない。頼んでくるほうは、結論を急いでいる。
引き受けてくれるのかくれないのか、うまいことを言って中途半端、曖昧に
するのが一番いけない。自信がなければハッキリできない、ノーと言う
べきだ。ノーと言うのは、たしかに勇気がいる。しかし、長い目で見れば、
信用されることが多い。ノーで、むしろ信頼度が高まる場合もあるという
ことだ」
そのうえで、部下へ一度与えた指示のブレ、前言撤回がなかったという
ことになる。
例えば、最盛期の田中派は、じつに衆院両院議員141人を擁していた。
多士済々(たしせいせい)で、一家言の持ち主も少なくなく、会議となれば
議論百出でヘタをすれば小田原評定になりかねない状態だった。
また、領袖の田中がそれらの意見を頭から封殺してしまえば、今度は当然
シコリも残る。どう対処したのか。田中は、自らの〝塩漬け決断法〟なる
ものを、次のように明らかにしている。
「大体、会議の時間通り、ピシャッと片付けられないようなリーダーじゃ
情けない。田中派の会議なら、最後は僕が1票を入れて決める。
リーダーに、そのくらいの見識がなくてどうするか、だ。そのうえで、
僕の1票で決めたんだから、最終結論は1週間ほど〝塩漬け〟にしておく。
その間、異論がなかったら決定となる。異論があればもちろん耳を貸すが、
その決定が変わることは100%ない。部下を迷わせることはしないという
ことだ」しかし、この言葉には裏がある。ただドカンと、会議に「これで
いく」との1票を投げ込んだわけではないということが肝要だ。
田中の場合、会議の前に、あらかじめ幹部の意向あるいは派内の大勢が
どうなっているのかの情報を入手し、それを緻密に分析しているのである。
ために、田中派は他派とは異なり、リーダーの〝軍扇〟一振りで、一糸
乱れずの最強「田中軍団」が成立したということだった。
「せっかちの角さん」と言われた裏には、常にそうした細心さが付いて
回っていたということである。
● 前言撤回
以前した発言に不都合が生じた際、あるいは発言した当時とは意見が
● 論外
1. 当面の議論に関係のないこと。議論の範囲外。「他の事情は論外に置く」
2. 論じる価値もないこと。もってのほかで話にならないこと。また、そのさま。
「金を返さないなんて論外な奴 (やつ) だ」「論外な(の)発言」
● 曖昧
1. 態度や物事がはっきりしないこと。また、そのさま。あやふや。
「曖昧な答え」
2. 怪しくて疑わしいこと。いかがわしいこと。また、そのさま。
「曖昧宿 (やど) 」
● 陳情
目上の人に、実情や心情を述べること。特に、中央や地方の公的機関、
または政治家などに、実情を訴えて、善処してくれるよう要請すること。
また、その行為。「国会に陳情する」「陳情団」
● 多士済々
《「詩経」大雅・文王の「済済たる多士、文王以て寧 (やす) んず」から》
すぐれた人材が多く集まっていること。また、そのさま。
たしさいさい。「多士済済な(の)顔ぶれ」
● 百出
種々のものが次々に多数現れ出ること。「難問が百出する」「議論百出」
● 小田原評定(おだわらひょうじょう)
《豊臣秀吉の小田原征伐のとき、北条方の和戦の評定が容易に決定
しなかったところから》長引いて容易に結論の出ない会議・相談。
● 領袖
1. えりと、そで。
2. 《「晋書」魏舒伝による。えりとそでとは人目に立つところから》
人を率いてその長となる人物。ある集団の中の主となる人物。
「各派の領袖が会合を開く」
● 封殺
相手の言行をむりやりにおさえつけること。「反対派の意見を封殺する」
● 肝要
非常に大切なこと。最も必要なこと。また、そのさま。
「何事にも辛抱が肝要だ」
● 意向
どうするつもりかという考え。心の向かうところ。思わく。
「相手の―を確かめる」「―にそうよう努力する」
この続きは、次回に。