お問い合せ

田中角栄「上司の心得」2-③

● 田中の「殺し文句」に、石破茂が泣いた日

 

「『いいか。次の衆院選に出ろ。おまえが親父さんの遺志を継がなくて

誰が継ぐんだ』」と、田中角栄先生は私の顔を正面からジッと見すえて

言われた。あのとき、田中先生に出会っていなかったら、私は政治の道に

入ることはなかった」

石破茂。自民党幹事長はじめ、防衛・農水・地方創生の各大臣を歴任、

令和2(2020)年9月の自民党総裁選では菅義偉に敗北したが、まだ「ポスト

菅」を虎視淡々と狙う姿勢が見受けられる。

その石破は、昭和61(1986)年7月の衆院選で初当選、田中派入りをして

今日に至っている。筆者は以来、何度も取材で会っているが、石破から

冒頭のような話を始めて耳にしたのは、いまから20年ほど前にさかのぼる。

冒頭の父・二朗は、建設省事務次官を辞めたあと鳥取知事を15年、その後、

衆院議員に転じて田中派入り、7年務めたあと、昭和56(1981)年9月に他界した。

田中はその石破が亡くなる2週間ほど前に、鳥取市内の病院に見舞いに来た。

喜んだ石破は、田中の手を握りながら、こう言った。

「一つだけ、願いを聞いて欲しい。いよいよのときは、あんたに葬儀委員長を

やってもらいたい。最後の頼みだ」

この時期の田中は、精神的に相当参っていた。ロッキード裁判を抱える

一方、「盟友」の大平正芳首相が急死、政権への影響力温存から後継として

担いだ鈴木善幸の世論の評判もイマイチ、田中派内も竹下登の勢いが増す

などであったためである。さて、こうした中、石破の「最後の頼み」に

頷いた田中だったが、亡くなった石破の葬儀が、知事をやっていた関係で

鳥取県民葬となったことで、葬儀委員長は当時の鳥取県知事が務めることに

なり、田中は友人代表として出席。弔辞を述べるにとどめたのだった。

ここから先が、泣かせる「角栄流」となる。

石破茂は後日、県民葬出席の礼のために田中邸を訪ねた。県民葬には

3500人もの弔問客があり、盛大に父親を送り出すことができたなどと

頭を下げる石破に、田中はそばにいた秘書の早坂茂三にこう命じたのだった。

「おい、青山葬儀所をすぐ予約だ。県民葬が3500人なら、ここに4000人を

集める。石破二朗との葬儀委員長の約束は、県民葬という筋から果たせ

なかったが、青山では『田中派葬』でやる。ワシが葬儀委員長だ」

時に、自民党葬の話もあったのだが、党葬になれば葬儀委員長は自民党

総裁でもある鈴木善幸首相になってしまう。ために、当時の田中派は衆院

両院議員合わせて100人を超えていたが、なんともべらぼうに田中はこの

全員を「発起人」とする、前代未聞の「派閥葬」とすることにしたのだった。

田中はこの席で、葬儀委員長として涙を浮かべながら弔辞を読んだ。

石破茂は、田中の弔辞に胸が熱くなった。

「石破君。君との約束を、私はいま今日こうして果たしている——-」

後日、石破は改めてこの「田中派葬」の礼のため、再び田中のもとを

訪れた。慶大法学部を卒業、三井銀行(当時)に入行してまだ間がなかった

石破に向かって、田中が言ったのが冒頭の言葉だった。

石破は、田中の言葉に〝殺された〟と言ってよかった。石破は父親を失い

気持ちが落ち込んでいる中で、「おまえが親父さんの遺志を継がなくて、

誰が継ぐんだッ」と、絶妙のタイミングで琴線を揺さぶられてしまった

ということだった。こうした「殺し文句」の一つも使えないような上司は、

上司としての強い求心力は得られない。

部下の上司への印象もまた、極めて薄いものになることを知っておきたい。

 

● 虎視淡々

 

敵や相手のすきをねらって、じっくりと機会をうかがうこと。

虎視」は、虎が獲物をじっと観察すること。

眈眈」は、にらむさま、見下ろすさま。

虎が獲物をねらって、鋭い目つきで観察しているという意から。

 

● 冒頭

 

1. 文章・談話のはじめの部分。「手紙の冒頭」

2. 物事のはじめの部分。「交渉が冒頭から難航する」

 

● 盟友

 

かたい約束を結んだ友。同志。

 

● 遺志

 

故人が、果たすことができないで残したこころざし。

「先生の遺志を継ぐ」

 

● 絶妙

 

この上なく巧みですぐれていること。また、そのさま。

「絶妙な(の)演技」「絶妙な(の)タイミング」

 

● 琴線(きんせん)

 

心の奥深くにある、物事に感動・共鳴しやすい感情を琴の糸にたとえて

いった語。「心の琴線に触れる言葉」

 

● 殺し文句

 

相手の気持ちを強くひきつける巧みな言葉。男女間で用いたのが始まり。

「殺し文句にころっとひっかかる」

 

● 求心力

 

他人を引きつけ、その人を中心にやっていこうとさせる力。

「首相の求心力が低下する」

 

 

この続きは、次回に。

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