お問い合せ

ピーター・F・ドラッカー「経営者の条件」㊿+59

成果をあげるエグゼクティブは、意思決定は事実を探すことからスタート

しないことを知っている。誰もが意見からスタートする。

このことに不都合はまったくない。一つの分野に多くの経験を持つ者は

当然自らの意見をもつべきである。一つの分野に長い間関わりながら自らの

意見をもたないのでは、観察力と姿勢を疑われる。

人は意見からスタートせざるをえない。最初から事実を探すことは好ましい

ことではない。すでに決めている結論を裏づける事実を探すだけになる。

見つけたい事実を探せない者はいない。

統計を知る者はこのことを知っており、したがって数字を信じない。

彼は数字を見つけた者を知っているために、あるいは見つけた者を知らない

ために、数字に疑いをもつ。

したがって、現実に照らして意見を検証するための唯一の厳格な方法は、

まず初めに意見があること、またそうでなければならないことを明確に

認識することである。こうした認識があって初めて、意思決定においても

科学においても、唯一の起点として仮説からスタートしていることを

忘れずにすむ。われわれは仮説をどう扱うかを知っている。

論ずるべきものではなく検証すべきものである。

こうしてわれわれはどの仮説が有効であって真剣な検討に値し、どの仮説が

検証によって排除されるかを知る。

したがってまず初めに、意見をもつことを奨励しなければならない。

そして意見を表明した後、事実による検証を求めなければならない。

「仮説の有効性を検証するには何を知らなければならないか、意見が

有効であるには事実はどうあるべきか」を問う必要がある。

同時に、探すべきもの、調べるべきもの、検証すべきものが何であるかを

徹底的に考え明らかにする習慣を身につけなければならない。

そして意見を表明する者に対しては、それによっていかなる事実が予想

されるか、いかなる事実を探すべきかを明らかにする責任を負うよう

求めなければならない。

おそらくここにおいて決定的に重要な問いが「有意性の基準は何か」で

ある。この問いへの答えから、検討中の意思決定に必要な評価測定の基準が

得られる。成果をあげる正しい決定がいかに行われたかを分析すれば、

きわめて多くの思考と労力が評価測定の基準を得ることに投じられている

ことを知る。

 

 

この続きは、次回に。

 

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