P・F・ドラッカー「創造する経営者」㊿-51
委託を受けたエコノミストたちは二つの提案を行った。
第一に、製鋼の工程の経済性に関わるイノベーションが行われるまで、
設備の拡張には注意すべきことを求めた。そのような時が来るまでは、
鉄鋼がほかの競合材料よりも二五%以上安い製品と市場用にのみ設備を
追加すべきであるとした。
第二に、工程のイノベーションに焦点を合わせた研究開発活動を、強力に
推進すべきであるとした。
予測を委託したこの鉄鋼メーカーの経営陣は、この報告を学者にありが
ちな非現実的な意見として一蹴した。しかしやがて、この報告がきわめて
示唆的な予言だったことが明らかになった。
第二次世界大戦後、アメリカの鉄鋼業は、昔からの前提に基づいて設備の
拡張を計画し、高額の設備を増強した。確かに需要はあった。
しかし、その需要は鉄鋼のためというよりも、むしろ鉄鋼の市場に進出
してきた競合素材のためのものとなった。
ヨーロッパやソ連の鉄鋼業も、アメリカと同じように経済成長と鉄鋼需要の
関係が続くという前提のもとに設備を増強した。
だが一九五○年頃、それまで不可能と思われていたイノベーションが行われ、
熱利用と生産速度の向上、および運送費の削減をもたらす純酸素上吹転炉や、
連続鉄鋼法が登場するにいたった。その結果、一九五五年以前の投資の
多くが十分な利益を上げることが不可能になった。
フルシチョフさえ、一九六二年には必要以上の鉄鋼プラントをつくって
しまったことを認めた。それらの設備は、稼働率を落としたり市場価格
よりも高いコストで生産したりするしかなかった。
これに対し、新しい工程の技術を利用できるようになった一九五五年以後の
新設鉄鋼プラントは、鉄鋼の競争力を回復しただけでなく、少ない生産量と
低い価格でも高い利益を得た。
この例は、いくつかの本質を示しているがゆえに、やや詳しく紹介した。
● 企業や産業の弱みや制約は、通常、すでに周知であるか容易に確認しうる。
鉄鋼について研究を行った若手エコノミストたちは、鉄鋼とその技術に
ついてはほとんど何も知らなかった。彼らは鉄鋼関係者の話をもとに
分析していた。
● 企業や産業に固有の弱みを克服するためのイノベーションは、その企業や
産業の人間にはまったく不可能なことに見える。
しかし、イノベーションのための準備はみなが起こりえないといって
いるうちに整いつつある。
● そのような弱みや制約が克服されたとき、経済的な成果はきわめて
大きなものとなる。したがってそのような制約こそ機会である。
● そのような制約を克服するには、体系的なイノベーションすなわち
新しい能力や知識の分析と、その新しい能力や知識を開発するための
体系的な取り組みが必要である。
この続きは、次回に。