続「道をひらく」松下幸之助 ②
○ 睦月(むつき)
・心に期す
濃い紫の東の空に、いつのまに水色に変わってきたかと思うまもなく、
葉を落とした樹々の間から、数条の光がサッと流れ出る。霧がきらめき、
身が引きしまる。きびしい寒気のなかに、リンとした元日の朝である。
思い出す。若き日のいつであったか、こんな夜明けを迎えたことを。
ある日あのとき、何か心に期するものがあったのか、腕を組み、顔を
あげ、凍るような大地に足をふまえて、まだ暗い東の空を凝視していた。
祈るようなその顔を、一瞬、真紅に染めあげた一条の旭光。思わず
身ぶるいがして、こぶしを固くにぎりしめる。そしてあふれるように
思いがわき出てきたあの感動の夜明け。
新しい年の始めである。新しい世紀に向かっての年の始めである。
人それぞれに、心に深く期するものを持たねば、この年の歩みがふみ
出てそうにない。
そんなきびしいこの年の始めである。
だからこそ思い起こそう。いつかの日のあのあふれるような感動の朝を。
● 旭光
・この日この朝
心静かに年が明けて、心静かに新年の計を立てる。まずはめでたい
新春の朝である。
ゆく年の疲れをいやしつつ、去りし日の喜びを再びかみしめている人も
あろうし、あるいは過ぎし年の憂き事にしばしの感慨をおぼえている
人もあろう。
人はさまざま。人のさだめもその歩みもまたさまざま。さまざまな
なかに、さまざまな計が立てられる。
そんななかでも大事なことは、ことしは去年のままであってはなら
ないということ、きょうは昨日のままであってはならないということ、
そして明日はきょうのままであってはならないということである。
万物は日に新た。人の営みもまた、天地とともに日に新たでなければ
ならない。
憂き事の感慨はしばしにとどめ、去りし日の喜びは、これをさらに
大きな喜びに変えよう。立ちどまってはならない。きょうの営みの
上に明日の工夫を、明日の工夫の上に、あさっての新たな思いを。
そんな新鮮な心を持ちつづけたい。そんな思いで、この日この朝を
迎えたい。
● 憂き事
心配事。 悲しいこと。
● 感慨
心に深く感じて、しみじみとした気持ちになること。また、その気持ち。
「―にひたる」「―を込めて歌う」
この続きは、次回に。