続「道をひらく」松下幸之助 ㊿+16
● 警鐘(けいしょう)
〝警鐘〟とは〝急をつげる鐘〟ということで、この鐘が鳴りひびくと
きは、何はともあれ急いで、事に備える態勢を整えなければならない。
ましてやこれが乱打されるようであれば、もはや一刻のゆうよもゆる
されない。とかくの議論はまずおいて、ともかくもみんなが心を合わ
せて、刻々とせまる事態に対処する道を切りひらかねばならないので
ある。
今日のわが国は、太平ムードにあふれていると言われているが、他方
ではまた大小さまざまの警鐘が打ち鳴らされている。そのひびきは、
遠く海外からもつたわっているようで、見方によっては、お互いのま
わりは、これすべて警鐘だらけということにもなりかねない。
なかには、イソップ物語の狼の警鐘のようなものまでまじってきて、
それだけにお互いいつのまにかこれにマヒをして、警鐘だらけのなか
で安住するという、まことに奇妙な一面をも見せているようである。
しかし、このままではすむまい。今こそ心を澄まして、音ある鐘にも
音なき鐘にも耳を傾け、真実の警鐘のなかから、一人ひとりの道を、
そして国家として歩むべき道を真剣に考えねばならないであろう。
大事なときである。
● 誰が
日々の暮らしのなかで、お互いにあれも欲しい、これも欲しい、ああ
もしたい、こうもしたいと、さまざまののぞみが果てしもなくつづい
て、それであれこれと心をふくらます。それはそれでよいけれど、そ
れを単なるのぞみだけに終わらさないためには、やっぱり肝心なこと
は、まず勤勉に働くことである。まじめに働いて着実な収入を得るこ
とである。働きはほどほどで、のぞみだけをふくらましていても、別に
金のなる木があるわけでなし、天も地も誰もどうともしてくれない。
あたりまえのことではあるけれど、これが国家の経営となると、いさ
さかわけのわからなぬことになりがちである。国民がああもして欲しい、
こうもして欲しいといえば、政治家もまたああもします、こうもしま
すと約束する。さまざまの要望と約束がゆきかうけれど、一体それだ
けの費用を誰がどこから生み出してくるのか。
結局、国民みんなが勤勉に働いて、その働きの成果を税金の形でもち
よらねば、国がつぶれるだけである。誰かが何とかしてくれるでは、
国家の経営は成りたたないのである。お互いに、もう一度よく考え直
してみたい。
この続きは、次回に。