Think clearly シンク・クリアリー ⑧
8. 必要なテクノロジー以外は持たない—それは時間の短縮か?浪費か?
□ あなたの車の「平均速度」から見えてくるもの
あなたは自分の車の「平均速度」は現実にどのくらいだと思うだろうか?
さて、あなたはどんな計算をしただろう?
あなたの車の「年間走行距離」を「年間に走行すると思われる時間」で割ったのだと
したら、それはまさに車載コンピューターが平均速度を算出する時の計算方法である。
(中略)
正確には、車の購入費を稼ぐための労働時間(a)とか、車の保険料や維持費とか、ガソ
リン代とか、交通違反の罰金を支払うために必要な労働時間(b)も考慮に入れ、この両方
の労働時間(a+b)と渋滞時間の合計(c)を走行時間に加える必要がある。
元カトリック神父の社会評論家、イヴァン・イリイチは、まさにこの方法を使って、
アメリカにおけるさまざまな車の「平均速度」を算出した。その結果、あるアメリカ車
の平均速度は「たった六キロ」程度だった。つまり、歩く速度と変わらなかった。
この計算が行われた当時、つまり七○年代のアメリカには、すでに現在のような高速
道路網が整備されていた。ただ、人口は今より40パーセント少ない。
そう考えると、現在では、平均速度が時速六キロを下回るのは確実だろう。
イリイチはこの現象を「反生産性」と名づけた。
「反生産性」とはつまり、「テクノロジーの多くは、一見それによって時間とお金を
節約できているように見えても、実際にかかったコストを計算してみたとたんに、その
節約分など消えてしまう」という事実を表している。
車は早くて便利だ。でも車は安くはないし、ガソリン代はかかるし、買うためにその分
働かなくてはいけないわけで、それらのコストを厳密に計算していくと、車が本当に便利
なのかはわからない。むしろ場合によっては、車を買わないほうが得なのかもしれない。
あなたがいつも、どんなふうにものごとを決めているにせよ、「反生産性」は、決断の
際には見落とされがちだが、大きく回り道してでも避けたほうがいい落とし穴だ。
□ それは「本当に便利なのか」を厳密に考える
Eメールを例に考えてみよう。Eメールそれ自体は、実に素晴らしいツールである。
あっという間に打ち込んで、送信することができる。それも、ほぼ無料で!
だが、そんな表面的なことだけに惑わされてはいけない。メールアドレスを持てば、
フィルターで排除しなければならない迷惑メールもついてくる。
もっと面倒なのは、送られてくる情報やお知らせだ。大部分は不要なのに、何らかの
対応が必要かどうかを判断するためだけにそれらすべてに目を通さなければならない。
それだけで膨大な時間がかかる。
また正確には、パソコンやスマートフォンの購入費の一部をEメールのコストとして
計算に入れなければならないし、ソフトウェアのアップデートにかかる時間もある。
概算すると、本当に必要なメール一通あたりのコストは一ユーロという結果が出る。
つまり、従来の手紙の郵送料とほぼ同じなのだ。
また、プレゼンテーションも同じことがいえるだろう。
以前は、その場に集められた経営陣や顧客を前に話をするときは、筋道立てて論点を
述べるだけでよかった。手書きのメモを準備して、強調したいところがあれば、オーバ
ーヘッドプロジェクター上でアンダーラインを引く程度で十分だった。
ところが、一九九○年にパワーポイントが登場した。
一回のプレゼンテーションの準備に何百時間もつぎこんで、何百万人ものマネージャー
やそのアシスタントたちが派手な色や風変わりな字体でスライドを飾りたてたり、ペー
ジをめくるように見せるために余計な仕掛けを付け加えたりするようになった。
その間生み出された純利益は、ゼロ。パワーポイントは、発売後急激に普及したため、
その無駄な作業もすぐに当たり前の仕事の一部になってしまったが。典型的な「軍拡
競争効果」(第45章参照)といえる。
そのうえ、ソフトウェアの使い方を習得するための無駄な作業と、ひっきりなしのアップ
グレードにかかる膨大な時間、ファイルの仕上げや改良といった反生産的なコストもか
かる。パワーポイントは、一般的には生産性を向上させるためのソフトウェアというこ
とになっている。だが、正確には、反生産的ソフトウェアといったほうがいいのではな
いかと私は思う。
□ 「反生産性」の視点で、生活を検討しなおす
私たちはもっと、「反生産性」という視点で、生活を検討しなおすべきだろう。自分
自身のことをいえば、私は一台のノートパソコンだけを使い(家にインターネット回線
は引いていない)、スマートフォンのアプリは最小限に抑え、まだ使える古い電子機器
はできるだけ新しいものと取り替えないようにしている。
そのほかのテクノロジーは、すべて生活から排除している。テレビも、ラジオも、ゲー
ム機も、スマートウォッチも、アレクサ(アマゾンが開発した人口知能音声アシスタン
ト)も。スマートホーム(家の中の電化製品をインターネットで統合し、管理する住まい)
は、私にとってはホラーでしかない。
家の電灯は、インストールしてネットにつないで頻繁にアップデートしなければならな
いアプリを使うより、自分の手で点けたり消したりするほうがいい。それに、手動のス
イッチを使えばハッキングされることもない。それでまた、別の「反生産性」の要因が
排除できるというわけだ。
□ 「本当に必要なもの」以外は、思い切って排除する
デジタルカメラが市場に出回り始めた頃のことを、覚えているだろうか。「これは素晴
らしい!」。当時は誰もがそう思ったはずだ。
もう高いフィルムを買う必要もなければ、現像を待つ時間もいらない。写りの悪い写真
ともおさらばできる。これからは何枚でも撮りなおしができるのだ。
とんでもなく便利になったかのように見えたが、いま振り返ると、これも反生産性の
明らかな例であることがわかる。
いまでは99パーセントの人々は不要な写真やビデオの山を抱え、それらを整理する時間
もないままにローカルバックアップやクラウドに保存して、まるで巨大なインターネット
企業が悪用しやすいようにしているかのように、あちこちに持ち歩いている。
加えて、定期的なアップデートを要求してくる複雑なソフトウェアなしでは機能しない
画像処理。そこにかかる時間もある。コンピューターを買い換えるときには、その同じ
ソフトウェアを新しいコンピューターにインストールするための費用もかかる。
結論。テクノロジーというものはたいてい、登場したときには素晴らしく、とても便利
になったかのように見えるが、人生の質という観点からいえば「反生産的」に作用する
ことが多い。
よい人生の基本的なルールは、本当は必要ないものを排除すること。特にテクノロジー
に関しては、このルールがぴたりと当てはまる。新しい電子機器に手を出す前に、まずは
脳のスイッチを入れて、よく考えてみよう。
この続きは、次回に。
2024年10月3日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美