Think clearly シンク・クリアリー ㉘
28. 自分を守ろう—「尊厳の輪」をつくる
□ その米海軍パイロットは、なぜ捕虜生活に耐えられたのか?
(中略)
ストックデールはベトナム戦争終結まで戦争捕虜として七年半囚われていたが、そのうち
の四年間は独房に収容されていた。
拷問者におもねれば、ストックデールは虐待をまぬがれることもできたはずだ。ときどき
反米的な発言を口にしてみせるだけで、拷問されずにすむ普通の捕虜としての扱いを
受けることもできたはずだ。
だが、そんな考えは彼の頭をよぎりもしなかった。意識的に拷問係のなすがままになって
いた。のちにストックデール本人が語ったように、それが「彼の自尊心を保つ唯一の
方法」だったからだ。
それは愛国心からの行為でも、戦争の敵方への抵抗を示すための行為でもなかった(ス
トックデールはもうずい分前からベトナム戦争の正当性を信じていなかった)。
ストックデールはただ、自分の内面を突き崩されないように、自分のために、そうして
いたのだ。
(中略)
周りから見ると、彼の行動は合理性を欠くように思える。ストックデールの置かれた
状況を考えれば、拷問者の決めたことに素直に従うほうが得策だったはずだ。
求められたことに応じ、流れに身をまかせる。目立つのは損だ。そしてアメリカの
軍事介入を疑問視していると、彼らに表明してみせるだけでいい。解放された後、
そうしなければ死ぬまで拷問されていたと釈明すれば十分説得力はある。
誰もが理解をしてくれて、ストックデールを避難する者などいなかっただろう。
だが、もしそうしていたらストックデールは七年半もの捕虜生活に耐えられるだけの
気力を保てていただろうか?たとえ長い捕虜生活に耐えられていたとしても、収容所で
過ごした年月は「はかりしれないほど貴重だった」とのちに振り返ることができただろ
うか?
□ 収容所での経験をもとに書かれた本が教えてくれること
自分の中にある「信念」を外に向かって発信しなければ、あなたは次第に、操り人形に
なっていく。他の人々の目的に合わせて都合よく動かされるようになり、遅かれ早かれ
自分は消えてしまう。
そしてあなたは、闘うことも肉体的な苦難を乗り切ることもできなくなり、意志の力も
萎えていく。外面的に崩れ落ちてしまった人は、そのうち内面まで崩壊してしまう。
(中略)
それでも、極端な状況下で書かれたこれらの記録は、私たち一般市民にも関係がないわ
けではない。幸運にも私たちは、拷問や独房やひどい寒さに耐える必要はないが、私た
ちの意思や、主義や、価値観は、彼らと同じように日々攻撃を受けている。
つまり、私たちの「尊厳の輪」への攻撃である。これらの攻撃は拷問ほどわかりやすく
はなく、ほとんど気づかれないほどひっそりと行われている。広告や社会的圧力、あり
とあらゆるところからの押しつけがましいアドバイス、間接的なプロパガンタ、時代の
風潮、マスコミの煽り、法律など。
連日、何十本もの矢が「尊厳の輪」に向けて放たれている。どれも鋭く有毒な矢だ。
致命傷を与えるほど毒性が強いわけではないが、一本一本があなたの自尊心を傷つけ、
感情の免疫システムを弱めるのに十分な鋭さを持っている。
□ 「言葉による攻撃」がもっとも不快に感じる
それにしても、どうして社会はあなたに向けて矢を放つのだろう?なぜなら、社会と
あなたとでは「利害」が違うからだ。
社会において重要なのは団結であり、社会を後世するひとりひとりの個人的な利益では
ない。個人が際立つ必要はなく、誰かが勝手に周囲とは違う主義でも表明しようものなら、
すぐに社会にたいする危険分子と認識される。社会が干渉しないのは、周りに合わせて
従順にふるまう人間に対してだけだ。あなた自身の考えを社会の放つ矢から守るために、
あなたの尊厳の輪は強化しておく必要がある。
「尊厳の輪」は、あなたの誓約を取り囲む壁だ。だからあなたの誓約が外からの攻撃に
さらされたときに、あなたは初めて尊厳の輪の効果を心から実感することになる。
高い理想や、気高い主義や、自分だけの優先事項はいくらでも打ち立てることができる。
だが、ストックデールのように自分の誓約に関して、「喜びの涙」にくれることが
できるのは、それらを守れたときだけだ。
あなたにも覚えがあると思うが、たいていの場合、もっとも不快に感じる攻撃は肉体的
なものではなく言葉によるものだ。
今度言葉で攻撃されることがあったら、こんな対抗策をとってみるといい。ミーティン
グの場などで悪意ある言葉であなたを攻撃する人がいたら、その人に、その発言をもう
一度くり返してもらうのだ。すると、ほとんどの人が負けを認めるはずである。
セルビアの大統領、アレクサンダル・ヴチッチは、あるジャーナリストとのインタビュー
の最中、そのジャーナリストが自身のウェブサイトに書き込んだ、ヴチッチをひどく侮辱
する記述を目の前で声に出して読んでみせるよう求めた。そのジャーナリストは恥ずか
しさのあまり、インタビューを中断したという。
「尊厳の輪」が生死の問題にかかわることはほとんどない。たいていは「尊厳の輪」の
中にあるものを守るための闘いであり、重要なのはその闘いで優位を保つこと。
攻撃してくる相手をできるだけ手こずらせ、問題になっているのがあなたにとって特に
大事なことである場合は、できるだけ長く主導権を握るようにしよう。そしてもしあなた
のほうが折れなければならなくなったら、相手にできるだけ高い代償を払わせるように
すればいい。
人間の信念は途方もない力を秘めている。その力こそが、よい人生の鍵である。
さまざまな攻撃からあなたの信念を守るためにも、「尊厳の輪」は強化しておこう。
この続きは、次回に。
2024年11月26日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美