Think clearly シンク・クリアリー ㉛-1
31. 性急に意見を述べるのはやめよう—意見がないほうが人生がよくなる理由
□ 脳はどんな質問にも「答え」を見つけ出そうとする
最低賃金は引き上げられるべきだろうか? 遺伝子組み換え食品の販売に問題はないだろ
うか? 人類が地球温暖化を引き起こしたという説は真実なのか、それとも環境保護主義
の政治家の妄想なのか? アメリカとメキシコのあいだに壁をつくるべきか?
日本は難民を受け入れるべきか?
きっとあなたは、これらすべての問いに、すぐに答えることができるだろうか?
普段から政治に関心のある人なら、考え込む必要はないはずだ。
だが実際には、これらはどれも、即答するには複雑すぎる質問ばかりだ。どの質問に
対しても、少なくとも一時間は十分に吟味する必要があるだろう。それより短い時間で
論理的な答えを見つけ出すのはほとんど不可能と言っていい。
私たちの脳は、意見を噴き出す火山のようなもの。ひっきりなしに何かに対する意見や
個人的な見解を発信している。訊かれた質問が自分に関連があろうがなかろうが、複雑
だろうが単純だろうが、答えられる質問だろうが答えられない質問だろうが、そんなこと
に関係なく、脳は答えを紙ふぶきのようにまき散らす。
だが、答えを発信する際、私たちが犯しがちな間違いが三つある。
ひとつ目は、自分が興味のないテーマにも意見を述べてしまうことだ。
ごく最近、私は友人との議論の最中に、自分が、ドーピング問題に激しい怒りを感じて
いるかのような意見を口にしていることに気づいた。世界のトップクラスのスポーツに、
私はまったく興味がないというのに。
私たちの意見の火山は、手近にあった新聞を開いただけでも動きはじめる。
だが、興味のないことに対する意見にはふたをしておこう。私も先日の議論の際には
そうすべきだったのだ。
ふたつ目の間違いは、答えられない質問にまで発言してしまうことだ。
次に株式市場が崩壊するのはいつか? 宇宙はいくつも存在するか? 月の夏の天気はどう
なるか? 誰にもそんなことには答えられない。専門家でも無理だ。答えられない質問に
まで、意見を噴火させてしまわないよう注意しよう。
三つ目は、この章の冒頭で挙げたような複雑な質問に、性急な答えを返してしまい
がちなことだ。三つの間違いの中でも、もっとも深刻なのがこれである。
□ 頭の中で「複雑すぎる質問用」のバケツを用意する
アメリカ人の心理学者ジョナサン・ハイトは、このとき私たちの頭の中で何が起きて
いるかを徹底的に究明している。
私たちには、質問が複雑な場合は特にそうなのだが、「即座に直感で答えを出す傾向」
がある。そして意見を表明した後になってようやく頭で理性的に考え、自分の立場を
裏づける理由を探しだす。
この思考過程は心理学で「感情ヒューリスティック」と呼ばれている。
直感による答えの判断は非常に速く、単純だ。一面的で、「ポジティブ」か「ネガ
ティブ」か、「好き」か「嫌い」かの二択しかない。
たとえていえばこんな感じだ。誰かの顔を見たとする—–「好き」。
どこかで殺人事件があったらしい—-「嫌い」。週末はよい天気になるようだ—
「好き」。
こうした直感はほとんどの場合正しいのだが、複雑な質問の場合には、直感的に正しい
答えを出せるものではない。ところが私たちは、それを正しい答えと勘違いしてしまう。
そして、直感があっという間に出した答えをどうにか「正当化」しようと、脳の中を
大急ぎ探して、裏づけとなる理由や例やエピソードを集めてまわる。すでに自分の意見
は述べてしまった後だからだ。複雑なテーマの答えを出すにしては、ずいぶんとお粗末
なやり方だ。
早く発言してしまったために間違った判断をしてしまうのも大きな問題だが、何に対し
ても意見を述べるのをやめたほうがいいがいい理由は、もうひとつある。
常に意見を持たなければならないという呪縛がなければ、精神的にリラックスでき、
平静な心になれるのだ。「精神的な落ち着き」は、良い人生の大事な条件のひとつだ。
そのためには、精神的な「複雑すぎる質問用」のバケツをひとつ用意しておくといい。
あなたが興味を持てない質問や、答えられない質問や、難解すぎる質問を投げ入れるた
めのバケツだ。それでも、一日当たりいくつかは、意見を述べていいテーマや意見を
述べなければならないテーマは残るはずだ。
この続きは、次回に。
2024年12月1日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美