Think clearly シンク・クリアー ㊿-1
50. 世界を変えるという幻想を捨てよう—世界に「偉人」は存在しない理由
□ 私たちには「世界を変える力」があるのか?
「私たちは世界を変えることができる。よりよい世界をつくることができる。
あなたには、それだけの力がある」—-ネルソン・マンデラ
「自分には世界を変える力があると信じ込めるほど頭のおかしい人間は、本当に
それをやってのける」—スティーブ・ジョブス
私たちを奮い立たせてくれる刺激的なフレーズである。活力と希望を与え、私たちが
意味のある存在なのだと思わせてくれる。だが、私たちには本当に「世界を変える力」
があるのだろうか?
新聞があおり立てる、この世の終わりのようなムードとは対照的に、先に挙げたような
言葉が、いまほどあちこちで聞かれたことはかつてなかった。個人の影響力の大きさが
これほど肯定的に広まることもなかった。
(中略)
大成功しているシリコンバレーの起業家や、歴史に名を残す天才的な発明家が見せたの
と同じように、新しいビジネスやクラウドファンディングやチャリティープロジェクト
を通して、私たちも世界のあり方を変えることができると信じている。
そして、自分自身の人生を変えるだけでは物足りないとばかりに、実際に世界を変える
活動に着手する。「世界をよりよいものにすること」を目標として掲げる組織で働き、
その目標に貢献できることに意義を感じて、自ら進んで通常の半額の給与で労働力を
提供する。
□ 「フォーカシング・イリュージョン」と「意図スタンス」
「個々の人間が世界を変えられる」という思想は、現世紀を象徴するイデオロギーの
ひとつだが、実はまったくの幻想でしかない。
そこには、二つの思い違いが混在している。
ひとつ目は、「フォーカシング・イリュージョン」(第13章参照)だ。
ダニエル・カーネマンは、この思い違いについてこう説明している。
「あることについて集中して考えているあいだはそれが人生の重要な要素のように思え
ても、実際にはあなたが思うほど重要なことではない」。
ルーペを使って地図を眺めると、ある部分だけが拡大されるのと同じように、世界を
よりよくするためのプロジェクトにのめり込んでしまうと、その意義は実際よりずっと
大きく見える。私たちの注意はルーペのように作用して、私たちにプロジェクトの意図
の重要性を過大評価させてしまうのだ。
ふたつ目の思い違いは、アメリカ人の哲学者、ダニエル・デネットが提唱した「意図ス
タンス」と呼ばれる概念だ。「変化が起きる際には、必ず誰かの意図が働いている」と
いう考え方のことである。そこには、実際に誰かの意図が働いているかどうかはどうで
もよい。
一九八九年当時のように鉄のカーテンが消滅すれば、誰かがそれに向かって働きかけた
おかげだと考え、南アフリカのアパルトヘイトが撤廃されれば、ネルソン・マンデラの
ような指導者なしには起こりえなかったと受けとめる。
インドが独立を勝ちとるにはガンジーのような人物が必要だったし、スマートフォンの
開発にはスティーブ・ジョブズの存在が不可欠だった。オッペンハイマーかいなければ
原爆が、アインシュタインがいなければ相対性理論が、ベンツがいなければ自動車が、
ティム・バーナーズ=リーがいなければワールド・ワイド・ウェブが考案されていなか
ったと考える。
世界的な変革は、まさにその変化をもたらそうとした「誰かの意図が働いた」からこそ
起きたと私たちは考えがちだ。
この続きは、次回に。
2025年2月24日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美