お問い合せ

Think clearly シンク・クリアー 「51」-1

51. 自分の人生に集中しよう—誰かを「偉人」に仕立てあげるべきではない理由

 

□ 鄧小平は、どんな経緯で改革を行ったのか

 

前章では、「偉人」が存在すると言う論理が、私たちの思い込みにすぎないと説明した。

それでもあなたは、何人かの「本物の偉人」がいるじゃないかと反論するかもしれない。

中には、広い地域全体の運命を決定づけた人物もいる、と。

 

たとえば、鄧小平。彼は一九七八年に中国に市場経済を導入し、数百万もの人々を貧困

から救い出した。史上もっとも成果をあげた経済振興プロジェクトである。

鄧小平がいなければ、中国は現在のような経済力を誇っていなかったはずだと言われる

かもしれない。だが、本当にそうだろうか?

イギリス人のサイエンスライターで政治家のマット・リドレーは、史実を分析し、中国

市場経済導入の経緯に関わる別の側面を私たちに示してくれている。市場経済導入の

きっかけとなったのは、鄧小平の政策では無く、一般市民の自発的な動きだった

いうのだ。

中国の小崗村(しやおがん)というひなびた村で困窮した一八人の農夫が、生活の糧を

自分たち自身で生産しようと、仲間うちで国有地を分割した。法に反する行為なのは

わかっていたが、家族を養えるだけの収穫を得るには、それしか方法がないと考えた

からだ。

果たして、彼らは一年目にすでに、それまでの五年間で得た収穫量の合計をしのぐ量を

収穫することができた。

豊かな収穫量は党の地域幹部の目に留まり、その幹部は他の農地にもこの方法を広めた

ほうがいいと党に提案した。その提案書が、最終的に鄧小平の手に渡り、鄧小平はその

方法を導入する決定を下したというわけだ。

当時の党のトップが、鄧小平ほど実用的な考え方をする人物でなかったら、「農地改革

が起きるまでにはもう少し時間がかかっていたかもしれない。だが、遅かれ早かれ改革

は起きていたに違いない」とリドレーは書いている。

 

□ その発明者がいなかったら、その技術は生まれない?

 

それでもあなたは、まだまだ例外はあると思うだろうか。グーデンベルクがいなければ

本が、エジソンがいなければ白熱電球が、ライト兄弟がいなければ旅客機が発明されて

いなかった、と。

どれも正しくはない。この三人もまた、その時代の、ただの登場人物にすぎないのだ。

信じられないだろうか?

グーテンベルクが印刷技術を発明していなかったら、ほかの誰かが発明したいただろう。

あるいは、そのうち中国からヨーロッパに印刷技術が伝わっていたかもしれない(中国

ではそのずい分前から印刷技術が使われていた)。白熱電球も同じだ。いったん電気が

発明されてしまえば、最初の人工的な光がともされるのは時間の問題だった。おまけに、

最初に明かりがともったのはエジソンの家ですらなかった。エジソンの前に導線をつな

いで光らせた発明家は二三もいたことがすでに明らかになっている。

リドレーは、こんなふうに書いている。「トーマス・エジソンはすぐれた人物だったに

違いないが、彼の存在は(白熱電球の発明に)まったく必要ではなかったのだ。

イライシャ・グレイとアレクサンダー・ベルは電話機の発明特許を同じ日に申請したが、

仮に、特許庁へ向かう途中でどちらも馬に踏み殺されていたとしても、今日の世界に

変わりなかっただろう」。

同様に、ライト兄弟のように、グライダーにエンジンを搭載した飛行実験を行っていた

チームも世界中にいくつもあった。ライト兄弟がいなかったとしても、今日でさえマヨ

ルカ島に行くにはフェリーを使うしかないなどとはならないのだ。その場合は、他の誰

かがエンジンを搭載した飛行機を完成させていただろう。

同じことは、ほぼ全ての発明や発見に当てはまる。「技術が発明者を発見するのであって、

発明者が技術を発見するのではない」とリドレーは結論づけている。

高度な科学技術に関する大発見ですら、個人の功績ではない。計測機器がその発見に

必要なだけの精度を示すようになれぱ、発見はおのずとついてくる。

科学技術においては、ここの研究者の存在はさほど重要ではない。発見されるべきもの

はすべて、いつか誰かの手で発見されるものだから。

 


 

この続きは、次回に。

 

2025年2月28日

株式会社シニアイノベーション

代表取締役 齊藤 弘美

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