「アメリカはなぜ日本より豊かなのか?」②
アメリカはなぜ日本より豊なのか?
野口 悠紀雄
GS 幻冬舎新書741
はじめに
アメリカはなぜ豊かなのか?
これは、50年以上にわたって私が抱き続けてきた疑問である。
1969年のその日のことを、いまでも鮮明に覚えている。私は、見てきたばかりのティ
ファナの様子を思い出して、この問いを繰り返していたのだ。
ティファナは、アメリカとの国境に接したメキシコの町。カリフォルニア州から高速道
路で国境検問所を通過した途端に、道路は狭く、舗装も不完全になる。立ち並んでいる
のは、みすぼらしい建物ばかり。その年に人間を月に送り込んだほど豊かなアメリカとは、
全く別世界だ。
国境を越えただけで、なぜこれほど大きな差が生じてしまうのか?
ティファナの地理的条件はカリフォルニアとほとんど同じだから、気候や土地の肥沃さ
などの自然条件の違いが原因ではない。では、何が原因なのか?
実は、「アメリカはなぜ豊かなのか?」とは、ティファナを見てから抱いた疑問ではない。
当時の私は留学生だったが、着いたその日から、目も眩むようなアメリカの豊かさに
圧倒されていた。そして、「アメリカはなぜ日本より豊かなのか?」と、問い続けて
いたのだ。
教室で見るアメリカ人の学生たちは、さほど優秀とは思えなかった。だから、これは
国民一人ひとりの能力の差がもたらしたものではない。国民の能力に差がないのに、
国の豊かさになると、なぜこれほどの違いが生じてしまうのか?
その原因は、アメリカという国の政治や企業などの仕組みにあるとしか考えようがない。
それが人々の能力を最大限に発揮させる働きをしているのだろう。
「国境を越えただけで、大きな差が生じる」と述べたのが、「国境を越える」ことこそ
が、違いをもたらすのだ。自然条件ではなく、社会の仕組みの違いこそが重要なのである。
では、具体的には、それはどのようなものか?この疑問を、私は考え続けた。
たどり着いた答えは、55年前に漠然と考えていたことと同じだ。
その具体的な内容を、本書の以下の章で述べる。抽象的にいえば、「アメリカの豊かさ
の源泉は、異質なものへの寛容と多様性の容認」ということだ。
本書はアメリカとの比較によって、日本の現在と将来を考える。こうしたアプローチを
とるのは、アメリカ社会を支えている理念との関係で、日本社会を見直す必要があると
考えるからだ。
世界中の人々が、2024年11月のアメリカ大統領選挙を強い関心を持って見守っている。
誰がアメリカ大統領になるかによって、自分たちの生活や仕事が大きな影響を受ける
ためだ。ウクライナやパレスチナなど戦争・紛争地域の人々にとっては、生活の条件が
基本から変わることがありうる。
全世界の人々に大きな影響を与える国を「覇権国」(hegemon)と呼ぶことにすれば、
現代世界に置ける唯一の覇権国がアメリカ合衆国であることは、間違いない。
アメリカが覇権国である理由は、アメリカが豊かな国である理由と同じだ。それは、
異質なものを認める「寛容」である。多くの歴史家が指摘するように、寛容こそが、
古代ローマから続く覇権国の条件なのだ。
しかし、まさにこの点を否定するのが、ドナルド・トランプ前大統領だ。アメリカは、
この点をめぐって、かつてないほど激しい世論の分裂に直面している。世界がアメリカ
大統領選挙を中止するのは、このためだ。
この続きは、次回に。
2025年4月14日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美