書籍「Effectuation エフェクチュエーション」 ㉙
✔︎ 起業家的熟達の基礎としての「問いかけ(asking)」
実は、こうした問いかけ(asking)の重要性は、エフェクチュエーションが提唱される
きっかけとなった意思決定実験から発見されたわけではなく、その後の学会での議論を
通じて明確化されてきた経緯があります。そのきっかけとなったのは、2009年に学術
雑誌『ジャーナル・オブ・ビジネス・ベンチャリング(Journal of BusinessVenturing)』
に掲載されたロバート・バロンによる論文でした。サラスバシーらの研究グループは、
同雑誌に掲載された別の論文で「熟達した起業家は意思決定の際にエフェクチュエー
ションの論理を使用するようになる」ことを示唆しますが、バロンは、熟達者(エキス
パート)とは「長年の意図的な練習(deliberate practice)によって独自のパターンマッチ
ングやパターン認識のスキル」を身につけて領域内で優れた成果を出す個人である
ため、エフェクチュエーションのどのような具体的な活動が起業家的な熟達の基礎に
なるかを特定する必要がある、と批判しました。
サラスバシーらは、このバロンの指摘を「正当かつ重要なもの」と受け入れたうえで、
不確実性への対応に熟達するうえで最重要の活動こそが「the Ask」、つまりは「問い
かけ(asking)」である、と結論づけたのです。
なぜならば、資源獲得の成功/失敗に焦点を合わせる売り込み(selling)とは異なり、
問いかけ(asking)によって他者の多様なコミットメントを獲得できれば、事前の予測が
不可能な状況下でも、取り組みの実効性をパートナーとともに高めて実際に優れた起業
家的成果に結びつけられると考えられるためです。また、新しいビジネスを立ち上げる
ために、「誰に」「何を」問いかけるかは状況によってさまざまですが、「どのよう
に」問いかけるかについては継続的な実践と改善が可能です。たとえば、最初はピッチ
のように一方的に資源提供を求めるアプローチしかできなくとも、起業家が経験を積む
ことで、相手が求めるものや一緒に取り組めることをオープンに模索するようなアプロ
ーチ、すなわち共創的な関係を構築する問いかけ(co-creative ask)へと変化し、パフォ
ーマンスを高めることにつながると主張されました。
実際に、問いかけ(asking)には、熟達に必要な意図的な練習の基礎となる、「目的を
持った練習(purposeful practice)」の6つの必須要件を満たしていることも確認されました。
つまり、パートナー獲得のために他者に問いかける行動は、うまくいったかどうかの
結果のフィードバックを得ながら、繰り返し練習可能であり、また学習や支援を得なが
ら工夫することで、すぐにはできないことも一人でできるようになっていく、という
意味で、目的を持った練習に当てはまっているのです。
問いかけ(asking)は、意識せずとも日頃から実践しているという人もいるでしょう。
一方で、誰かに何かを頼むこと自体に苦手意識を感じる、最初はうまくできない、と
感じる人も多いでしょう。しかし、それこそがエフェクチュエーションの活用、起業家
的な熟達にとって最も重要な、上達可能な要素であるため、自分にとって許容可能な
損失の範囲で、ぜひ繰り返し練習をしていただければと思います。
この続きは、次回に。
2025年12月21日
株式会社シニアイノベーション
代表取締役 齊藤 弘美

